◇◆◇日々のみ言葉
2022年7月1日(金)
◎聖書箇所【ローマ人への手紙5章6節~8節】
5:6 私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んで下さいました。
5:7 正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。
5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んで下さったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。
◎ショートメッセージ
《現代訳を掲載します。
『5:6 私たちが道徳的にまだ弱かった時、キリストは神のご計画通りにこの世に来られ、神を神とも思わない私たちのために死んで下さった。
5:7 一体人が正しいことをしていたからといって、その正しい人のために死ぬ人は、まずいないだろう。ところで、だれかに恩顧を与えていた人があれば、あるいはその恩人のために死ぬ人もいるかもしれない。
5:8 しかし、私たちは正しい人間でも、だれかに恩顧を与えているような人間でもなく、罪人に過ぎないのに、この罪人のために、キリストは死んで下さった。このことによって、神は私たちに対する愛をいかんなく現わされたのである。』
主イエス様は、弟子たちにこのように教えました。
『人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。(ヨハネの福音書15:13新改訳)』と。
もちろん、このことは、これから十数時間後に、十字架にかけられるご自身のことを言われています。
しかし、実際にこのことを実行した人物がいるのです。それが、カトリック司祭のコルベ神父です。聖人に列席されていますが、第二次世界大戦の時、アウシュビッツ収容所において、一人の人の為に身代わりとなって、死んで行かれたのです。
コルベ神父は、長崎に数名のブラザーたちと共に、第二次世界大戦前の1930年に来日しました。そして、「無原罪の聖母の騎士」修道院を創設したのです。しかし、第二次世界大戦勃発の時には、祖国ポーランドに帰国し、ゲシュタポに逮捕され、アウシュビッツ収容所に送られます。そこで、フランチェク・ガイオニチェックと言うポーランド人軍曹の代わりに、餓死刑に名乗り出るのです。このように、主イエス様の教えに忠実に従う人物が、カトリック司祭の中におられたのです。これは驚くべきことです。
主イエス様は、私たちの罪の身代わりとして死んで下さいました。これこそが、「神の愛」です。父なる神様は、本来私たちが受けるべき裁きを、そのひとり子に負わせたのです。主イエス様は、その一身にすべての裁きと災いを背負われました。そして、三日目によみがえられました。明日も同じ箇所からとなります。》