• 日々のみ言葉 2022年7月2日(土)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2022年7月2日(土)

    ◎聖書箇所【ローマ人への手紙5章6節~8節】
    5:6 私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んで下さいました。
    5:7 正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。
    5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んで下さったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

    ◎ショートメッセージ
    《昨日と同じ箇所からとなります。再度、現代訳を掲載します。
    『5:6 私たちが道徳的にまだ弱かった時、キリストは神のご計画通りにこの世に来られ、神を神とも思わない私たちのために死んで下さった。
     5:7 一体人が正しいことをしていたからといって、その正しい人のために死ぬ人は、まずいないだろう。ところで、だれかに恩顧を与えていた人があれば、あるいはその恩人のために死ぬ人もいるかもしれない。
     5:8 しかし、私たちは正しい人間でも、だれかに恩顧を与えているような人間でもなく、罪人に過ぎないのに、この罪人のために、キリストは死んで下さった。このことによって、神は私たちに対する愛をいかんなく現わされたのである。』

    「私たちがまだ弱かった時」とは、どのような時を指すのでしょうか。現代訳では、「私たちがまだ道徳的に弱かった時」と訳されています。しかし、その反対に「強い時」が、あったのでしょうか。そんな時は、存在しないからこそ、主イエス様が来られたのです。
     また、8節においては、「私たちがまだ罪人であった時」と、平行的に並べて書かれていますから、「弱かった時」とは、「罪人であった時」であることが分かります。

     そして、パウロは、もはや「弱い時」でもなく、また「罪人」ではないことを、ここで証ししているのです。

     パウロは、
    『私は、私を強くして下さる方によって、どんなことでもできるのです。(ピリピ4:13)』、と言っています。

     また、別の箇所においては、
    『私たちの古い人がキリストと共に十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。(ローマ6:6)』、と言っています。

     すなわち、主イエス様の身代わりの死によって、私たちは、罪に打ち勝つ力を与えられ、以前よりも強くされたこと、そして、主イエス様の流された尊い血潮によって、罪赦され、神の子どもとされたことを、述べているのです。

     私たちの霊は一新されましたが、肉体はまだです。よって罪の性質は変わりません。父なる神様は、御子イエス様の十字架を通して、私たちを見て下さっています。》

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