• 日々のみ言葉 2018年6月20日(水)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2018年6月20日(水)

    ◎聖書箇所【ルカの福音書23章32節~34節】
    23:32 ほかにもふたりの犯罪人が、イエスと共に死刑にされるために、引かれて行った。
    23:33「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。犯罪人のひとりは右に、ひとりは左に。
    23:34 そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。

    ◎ショートメッセージ
    《「過越の祭」の時に、どくろと呼ばれたゴルゴタの丘に三本の十字架が立ちました。
     このゴルゴタの丘が、エルサレムのどの場所であるのかは、意見が分かています。一般的には、聖墳墓教会が建てられている場所がゴルゴタであるとされています。

     このふたりの犯罪人が、どんな罪を犯したのかは、聖書には書かれていません。本来イエス様が、十字架にかかげられる場所には、バラバがかかげられるはずでした。しかしバラバは、「過越の祭」の特例において釈放されたのです。

     よって、もしこの二人の犯罪人がバラバの仲間であったとしたら、この場面において登場しないはずがないではないでしょうか。
     悪名高きバラバが「お頭」であるならば、自分の仲間であり部下が処刑される時に、見て見ぬふりをするでしょうか。
     またこの二人の犯罪人の会話に、当然釈放された「お頭」の話が出るのが普通なのではないでしょうか。

     もし私が「お頭」バラバならば、仲間である部下の側にいて、彼らに謝罪すると思います。また自分の身代わりとして、中央の十字架に釘付けにされているお方の前に、悔い改めてひれ伏すと思います。

     結論からして、バラバとこの二人の犯罪人は全く無関係であると言えます。

     さて、クレタ島から来たシモンは、このゴルゴタの丘にまで、イエス様の代わりに十字架を運んで来ました。そこでローマ兵に十字架を置くように言われ、彼は義務から解放されたのです。

     かつてイエス様はこのように教えられました。
    『「あなたに一ミリオン行けと強いるような者とは、一緒に二ミリオン行きなさい。」(マタイの福音書5:41)』

     これは「山上の垂訓」での教えですが、「一ミリオン」とは、約1.5キロを言います。
     これは、当時のローマ帝国植民地の人民に課せられた義務のひとつであって、ローマ人もしくはローマ兵が、荷物を担ぐことを頼んだ場合には、ひとり一ミリオンまでは、そのローマ人もしくはローマ兵と共に行かなければならない、と言う法律が定められていました。
     それだからこそ、シモンは仕方なく、イエス様の十字架を担いだわけです。一ミリオン歩いた者は、次の者にバトンタッチすることが許されました。

     さて、父親シモンがその義務を行なっている間に、妻と二人の息子は一緒に付いて行くことになります。
     なぜならこの時エルサレムには、四十万人以上の人々が集まっていたからです。

     そして、ついにゴルゴタの丘に到着します。
     私は、シモンもその妻も、そしてアレキサンデルとルポスも、その後も、その場に居続けたと思っているのです。
     そしてシモンは間違いなく、イエス様が言われたこの言葉を聞いたと思います。
    「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」

     明日も同じ箇所からの学びの続きとなります。》

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