◇◆◇日々のみ言葉
2022年6月14日(火)
◎聖書箇所【ローマ人への手紙3章25節~26節】
3:25 神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。
3:26 それは、今の時にご自身の義を現わすためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。
◎ショートメッセージ
《ここでも、現代訳を掲載します。
『3:25 神は、このキリスト・イエスを、私たちの身代わりとして十字架上で死なせ、私たちがそれを自分のためであるとして信仰によって受け入れるようにと求めておられる。こうして、神の救いが示された。神は、今まで私たちが犯して来た罪を、寛大にも見逃して来られた。
3:26 それは、今の時に、神の救いを示すためであり、こうして、神ご自身が救いの源であられるということを現わし、また、このような恵み深い神のご配慮により、イエスを信じる者たちを受け入れ、救って下さるためである。』
父なる神様は、御子イエス・キリストをこの世界に、まことの人として送って下さいました。主イエスは、創造主なる神様であられながら、神様としての力を制限されて、私たちと同じ人間として、生きられたのです。
その生涯において、何一つ罪を犯されませんでした。もちろん罪を犯す可能性はあったのです。なぜなら、母マリアの血を受け継いでいたからです。もし、マリアの血を受け継いでいないとしたら、エッサイの根、すなわちダビデの子孫ではないことになってしまいます。
このお方は、すべての人間の身代わりとして、十字架にかかって下さいました。ここに神様の救いが示されたのです。
イエス・キリストを信じ、主として受け入れ、従おうとする者は罪赦され、神の子どもとされ、永遠のいのちをいただくことが出来るのです。
しかも、この救いは神様ご自身から出ているのです。まさしく、恵みの源は神様です。
すべては恵みです。恵みとは、本来受ける資格のない者に与えられるものなのです。しかも、この恵みは、まったくの無償です。
私たち一人一人の人生は、まったく異なるものです。しかし、その最大の目的はただ一つであると私は確信します。それは、救い主に出会うことです。創造主なる神様に出会うことなのです。そして、神様の為に生きることなのです。》