◇◆◇日々のみ言葉
2016年7月19日(火)
◎聖書箇所 【マルコの福音書15章37節】
15:37 それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。
◎ショートメッセージ
《マルコは、午後三時になった時、主イエス様が大声をあげられたことを書き記しています。
マタイは、少し書き加えています。
マタイによりますと、
『そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。(マタイの福音書27:50)』と、なっています。
ここからイエス様が二度、大声で叫ばれたことが分かります。それでは、主イエス様は何と叫ばれたのでしょうか。
綿密に調べたルカによりますと、
『イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。(ルカの福音書23:46)』ことから、最初に叫ばれた言葉が分かります。
「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」
この後、主イエス様はどこに行かれたのでしょうか。主イエス様と一緒に十字架につけられ、十字架上で、主イエス様を信じた囚人と共に、パラダイスに行ったのでしょうか。
イエス様は、その囚人にこのように言われたからです。
「まことに、あなたに告げます。あなたは今日、私と共にパラダイスにいます。」
主イエス様は、三日目によみがえられます。私がいつも疑問に思いますことは、そのよみがえられるまでの間、つまり暗黒の三日間と言われています空白の時間に、イエス様はどこにおられたのか、と言うことです。
残念ながら、そのことについては聖書には、具体的には書かれてはいません。
しかし唯一、ペテロの第Ⅰの手紙に、そのことについて書かれたと思える箇所があるのです。ただし、その解釈においては、未だに多くの学者の意見が分かれるところとなっています。
ペテロはこう言っています。
『キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くためでした。その霊において、キリストは捕われの霊たちの所に行ってみ言葉を宣べられたのです。昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに、従わなかった霊たちのことです。わずか八人の人々が、この箱舟の中で、水を通って救われたのです。(第Ⅰペテロ3:18~3:20)』
このことから、主イエス様は、よみに下り、ゲヘナに行かれたことが推測されるのです。またこの時、パラダイスは、ゲヘナの側近くにあったことを、聖書は教えています。
さて、マタイ、マルコ、ルカの福音書を知っていたヨハネは、主イエス様の十字架のみ側に居合わせた者として、主イエス様が最後に大声で言われたことを、書き記しています。
ヨハネによりますと、
『イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した。」と言われた。そして、頭を垂れて、霊をお渡しになった。(ヨハネの福音書19:30)』と。
「完了した。」
何が完了したのでしょうか。それは旧約聖書が完了したのです。そして救いの御わざが完了したことを教えているのです。
イエス様は、十字架上で大声をあげて二つの言葉を発せられ、息を引き取られました。
「父よ。わが霊を御手にゆだねます」「完了した」と。
今が救いの時です。救いの門はまだ開かれています。しかし門が、閉じられる時がやって来ようとしています。》