◇◆◇日々のみ言葉
2017年9月15日(金)
◎聖書箇所 【ルカの福音書12章13節~14節】
12:13 群衆の中のひとりが、「先生。私と遺産を分けるように私の兄弟に話してください。」と言った。
12:14 すると彼に言われた。「いったいだれが、私をあなたがたの裁判官や調停者に任命したのですか。」
◎ショートメッセージ
《当時のユダヤでは、遺産の分配には決まりがあって、長男は他の兄弟の二倍の遺産を相続することが出来ました。
それは、母親や未婚の弟、妹たちを養う義務があったからです。この訴えた人は、おそらく長男ではなく、次男もしくは三男であった可能性が高いかと思われます。
彼の兄が腹黒い人で、その決まり通りにしなかったようです。そこで、それを主イエス様に裁定してもらおうと思い、このように申し出たわけです。
当時、ユダヤのラビたちには、よくこうした問題が持ち込まれたようです。主イエス様もラビの一人と思われていたため、このような訴えがなされたわけです。
ところが、それに対して、イエス様は彼の遺産分配の裁判官や調停官になることを拒まれたのです。
もちろん、彼の面倒を見ておやりになることによって、彼の心を開かせ、そこで神の御国を語られ、彼を救いに導くこともお出来になりました。しかし、あえてそれをなさらなかったのです。
これには二つの理由が考えられます。一つは、それは人間のラビならば誰にも出来る仕事であったことです。
ユダヤのラビは、人々から尊敬されており、ラビが調停に乗り出した時には、いくら腹黒いと言っても、普通は従わざるを得なかったのです。ここが聖書の上に、律法の上に成り立つ国家である所以とも言えるでしょう。日本とは大きな違いです。
もう一つの理由は、この世の事柄に深く関わることが、イエス様の任務ではなかったからです。主イエス様のするべき働きは、もっと大切なものでした。それは神の御子として、メシヤとしての働きであったからです。
そしてその働きは、三年半と時が定められており、限られていたからです。
訴え出た人の関心は、神の御国ではなく、この世のことでした。しかもお金のことであり、富のことであったわけです。ここからも、イエス様の言われたことが真理であることが立証されるのです。
『「だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」(マタイの福音書6:24)』
もちろん、お金や富は、この世に暮らして行くには、私たちに取っても必要なものです。私たちは霞を食べて生きては行けないのです。
しかしイエス様は、はっきりと約束されています。
「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」と。》