• 日々のみ言葉 2019年3月13日(水)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2019年3月13日(水)

    ◎聖書箇所【使徒の働き9章1節~2節】
    9:1 さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅かしと殺害の意に燃えて、大祭司のところに行き、
    9:2 ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれるよう頼んだ。それは、この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった。

    ◎ショートメッセージ
    《昨日と同じ箇所からとなります。

     ダマスコとは、シリヤ(アラム)地方の中心地にあります。ヘルモン山の東方に位置し、アンティ・レバノンの南東を流れるアマナ川とパルパル川の流域にある町です。
     その一帯はナハル・バラダと呼ばれるオアシスで、遅くとも紀元前2千年には村落があったと言われています。
     パレスチナ南西部から北東に向かう大路と、ヨルダン川の東を南北に走る「王の道」の合流地点であり、商業的にも軍事的にも非常に重要な場所にありました。
     何とアブラハムはメソポタミヤ方面からの侵略者を追撃し、ダマスコ以北まで追い払った、と創世記に書かれていますから、その頃から存在していたことになります。またアブラハムに仕えたしもべの長は、ダマスコ出身のエリエゼルであったのです。

     さて、主イエス様が生きておられた新約時代では、ローマの管理下にありました。ここにはナバテヤ王国のアレタ4世が遣わした代官がいたのです。

     サウロはこの町に赴く途上で復活の主イエス様に出会い、回心しました。有名な「まっすぐ」と呼ばれる街路は、町のほぼ中央を東西に貫いていて、今でも現存します。

     さて、サウロがなぜダマスコに存在する主の弟子たちのうわさを聞いたのかは分かりかねますが、ユダヤ人の兵士らを引き連れて、ダマスコに下る計画には、主の御手の中において行なわれたことは、間違いないことです。

     晩年のパウロは、このように書簡に書き表わしています。
    『以前ユダヤ教徒であった頃の私の行動は、あなたがたがすでに聞いているところです。私は激しく神の教会を迫害し、これを滅ぼそうとしました。
    また私は、自分と同族で同年輩の多くの者たちに比べ、はるかにユダヤ教に進んでおり、先祖からの伝承に人一倍熱心でした。
     けれども、生まれたときから私を選び分け、恵みをもって召してくださった方が、異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき、私はすぐに、人には相談せず、先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました。
     それから三年後に、私はケパをたずねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。しかし、主の兄弟ヤコブは別として、ほかの使徒には誰にも会いませんでした。私があなたがたに書いていることには、神の御前で申しますが、偽りはありません。(ガラテヤ人への手紙1:13~1:20)』と。

     神様の不思議な導きと摂理によって、ユダヤのまさに最高指導者とも言えるラビの中のラビ、すなわち「ラバン」と呼ばれ、すべてのユダヤ人から尊敬されていた律法学者であるガマリエル。その門下生の最優秀弟子サウロが、生まれた時から、主イエス様に選ばれていたのです。

     主イエス様は言われます。
    『「あなたがたが私を選んだのではありません。私があなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたが私の名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」(ヨハネの福音書15:16)』と。

     私たちも選ばれたのです。》

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