◇◆◇日々のみ言葉
2020年2月15日(土)
◎聖書箇所【使徒の働き21章7節】
21:7 私たちはツロからの航海を終えて、トレマイに着いた。そこの兄弟たちにあいさつをして、彼らのところに一日滞在した。
◎ショートメッセージ
《ツロにおいて、そこに在住している主イエス様の弟子たちとその家族と共に、七日間滞在したパウロ一行は、彼らと別れを告げて出航しました。そしてトレマイに到着したのです。これで船旅は終わりました。後は徒歩で、エルサレムを目指すことになります。
さて、「トレマイ」とは、省略した呼び方であって、正確に音訳すれば「プトレマイス」と呼びます。この地はエスドラエロン平野の中心を占める町として古くから重要視されて来ました。
一時はアッシリヤの支配下にありましたが、概してエジプトの統治時期が長く、「プトレマイス」という呼び方もエジプトのプトレマイオス王朝から由来しています。
旧約聖書ではアコと呼ばれています。ツロから南へ約40キロ、カルメル岬の北にあるハイファ湾(アコ湾)の北端となる地点に位置する、フェニキヤ海岸にある港町のことです。
パウロは第三回伝道旅行の終り頃に船でツロから寄港し、そこに在住している主にある兄弟たちにあいさつをし、彼らの所に一日滞在したのです。このことからも、いかにパウロが、異邦人の教会に重宝され、用いられていたかが分かります。
さて、一日と言う短い滞在を終え、パウロ一行は、陸路をカイザリヤに向けて出発しました。
カイザリヤとは、パレスチナの地中海沿岸にある港町で、カルメル山の南37キロほどの所にありました。「トラトンの塔」と呼ばれた町の跡に、ヘロデ大王が紀元前25年から12年をかけて大々的な改修工事を施し、見事な港町として再建したのです。
小さな入江を拡張して防波堤を築き、ローマ劇場、円形演技場、大競技場、導水橋、皇帝礼拝の大神殿を備えた一大都市を建設したのです。ヘロデ大王はアウグストゥス・カイザルにちなんで、町の名を「カイザリヤ」と改めました。
ヘロデ大王が築いた大防波堤のおかげで、この地方第一の安全な港となり、パレスチナ全体に対する交通の要所ともなりました。
新約時代、すなわちパウロが活躍していた頃には、政治的にも軍事的にも重要な都市となり、パレスチナのローマ総督府となりました。
このカイザリヤには、かつてエルサレム教会の七人の執事の一人として選出された、ピリポが、ステパノの迫害後、サマリヤでの伝道とエチオピヤの宦官への伝道などを経てやって来たのです。
その後、ピリポはここに移住し、伝道と牧会をしていました。パウロは、カイザリヤのピリポの家を目指すことになります。》