◇◆◇日々のみ言葉
2024年10月10日(木)
◎聖書箇所【第Ⅰコリント人への手紙10章23節】
10:23 すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが有益とはかぎりません。すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが徳を高めるとはかぎりません。
◎ショートメッセージ
《現代訳を掲載します。
『10:23 私たちクリスチャンにとっては、完全な自由がある。何をすることも許されている。しかし、全部が全部益になるとは限らない。私には、何をしてもよい自由がある。しかし、全部が全部、教会のためになるとは限らない。』
「すべてのことはしてもよいのです」と新改訳は訳していますが、私たちは、主イエス・キリストの十字架によって、罪赦され、自由にされた者です。だからと言って、罪を犯しても良いと言うことではありません。
この箇所から、勘違いして、「何をしても良いのだ」と言うことではありません。
このことについて、パウロは、次のように教えています。
『なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。
このように、あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。
ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従ってはいけません。
また、あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者として、あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい。というのは、罪はあなたがたを支配することがないからです。なぜなら、あなたがたは律法の下にはなく、恵みの下にあるからです。
それではどうなのでしょう。私たちは、律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから罪を犯そう、ということになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。(ローマ6:10~6:15)』と。明日も同じ箇所から、続きとなります。》