※本日の聖書箇所「ルカの福音書12章35節~40節」(新約p.142下段左側)
12:35 「腰に帯を締め、明かりをともしていなさい。
12:36 主人が婚礼から帰って来て戸をたたいたら、すぐに戸を開けようと、その帰りを待っている人たちのようでありなさい。
12:37 帰って来た主人に、目を覚ましているのを見てもらえるしもべたちは幸いです。まことに、あなたがたに言います。主人のほうが帯を締め、そのしもべたちを食卓に着かせ、そばに来て給仕してくれます。
12:38 主人が真夜中に帰って来ても、夜明けに帰って来ても、そのようにしているのを見てもらえるなら、そのしもべたちは幸いです。
12:39 このことを知っておきなさい。もしも家の主人が、泥棒の来る時間を知っていたら、自分の家に押し入るのを許さないでしょう。
12:40 あなたがたも用心していなさい。人の子は、思いがけない時に来るのです。」
◎メッセージ【思いがけない時に】
《主イエスは、例え話を用いて、再臨されるご自身を待ち望む者に対して、その心構えを教えておられます。
「腰に帯を締め」ると言うことは、主のしもべであることを、常に意識していなさい、と言うことであり、「明かりをともしていなさい」と言うことは、私たちの光を人々の前で輝かせ、私たちの良い行ないを見て、天の父なる神様をあがめるようにしなさい、と言うことです。
「主人が婚礼から帰って来て戸をたたいたら、すぐに戸を開けようと、その帰りを待っている人たちのようでありなさい。帰って来た主人に、目を覚ましているのを見てもらえるしもべたちは幸いです。」と、主は言われました。
ここで、大切なポイントは、目を覚ましているかどうかにかかっています。これは、霊的に目をさますことであり、常に祈ることを心がけることだと思われます。
そして、「まことに、あなたがたに言います。主人のほうが帯を締め、そのしもべたちを食卓に着かせ、側に来て給仕してくれます。そのしもべたちは幸いです。」と言われました。
これは、天における私たちの報いが非常に大きいことを教えておられます。
「このことを知っておきなさい。もしも家の主人が、泥棒の来る時間を知っていたら、自分の家に押し入るのを許さないでしょう。」と言われましたが、この例えは、携挙を表わしています。実は、今日の聖書箇所は、「携挙」が本題なのです。
ところで、「携挙」は何時起こるのでしょうか。主は、はっきりと「思いがけない時」であると言われています。マタイの福音書には、さらに主が詳しく話されたことが書かれています。
「ただし、その日、その時がいつなのかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。人の子の到来はノアの日と同じように実現するのです。洪水前の日々にはノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていました。洪水が来て、すべての人をさらってしまうまで、彼らには分かりませんでした。人の子の到来もそのように実現するのです。」と。
この時、自称クリスチャンと本物のクリスチャンとの区別が明確になされることになります。そして、「ですから、あなたがたも用心していなさい。人の子は思いがけない時に来るのです。」と、ルカと同じ言葉で、主は締めくくっておられます。
しかし、私たちは決して慌てることなく、じっくりと聖書のみ言葉に腰を下ろして、主イエスを信頼し、日々の暮らしを神様と共に過ごして行こうではありませんか。主が花嫁である教会を迎えに来られる時まで、父なる神様が私たちを守って下さると約束されています。》