• 2026年3月15日礼拝メッセージの概要

    ※本日の聖書箇所「ルカの福音書12章41節~48節」(新約p.143上段右側)
    12:41 そこで、ペテロが言った。「主よ。このたとえを話されたのは私たちのためですか、皆のためですか。」
    12:42 主は言われた。「では、主人によって、その家の召使いたちの上に任命され、食事時には彼らに決められた分を与える、忠実で賢い管理人とは、いったいだれでしょうか。
    12:43 主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見てもらえるしもべは幸いです。
    12:44 まことに、あなたがたに言います。主人はその人に自分の全財産を任せるようになります。
    12:45 もし、そのしもべが心の中で、『主人の帰りは遅くなる』と思い、男女の召使いたちを打ちたたき、食べたり飲んだり、酒に酔ったりし始めるなら、
    12:46 そのしもべの主人は、予期していない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ報いを与えます。
    12:47 主人の思いを知りながら用意もせず、その思いどおりに働きもしなかったしもべは、むちでひどく打たれます。
    12:48 しかし、主人の思いを知らずにいて、むち打たれるに値することをしたしもべは、少ししか打たれません。多く与えられた者はみな、多くを求められ、多く任された者は、さらに多くを要求されます。」

    ◎メッセージ【忠実で賢い管理人】
    《「主よ。このたとえを話されたのは私たちのためですか、皆のためですか。」
    シモン・ペテロは、すべてを捨てて、主イエスに従って来た十二使徒である自分たちこそが、主にご馳走していただくのに相応しいと思ったからです。もし「皆のために」と言われたのなら、彼らは、主にすべてを捧げたことへの後悔の念を抱いたに違いありません。ここで、主が教えようとされていることは、結局人間は自分中心であるということです。
    さて、主イエスは、シモン・ペテロの質問に対して、再び「例え」を用いて教えられました。
    「では、主人によって、その家の召使いたちの上に任命され、食事時には彼らに決められた分を与える、忠実で賢い管理人とは、いったいだれでしょうか。」
    この管理人は、主人によって召し出された事が分かります。十二弟子たちも、そして救われた私たちも、主イエスによって選び出されたのです。
    次に「食事時には彼らに決められた分を与える」とは、どのようなことなのでしょうか。これには、二つの意味が隠されています。一つは、十二弟子たちへの言葉で、彼らは、やがて主が語られたみ言葉(霊的な糧)を伝えるようになります。
    そして、もう一つの意味は、すべてのクリスチャンには、面倒を見るべき人が備えられていると言うことです。その人の周りに、主が置かれたノンクリスチャンの人々の世話をすることを意味しています。
    私たちには使命が与えられています。それは、世の光として、地の塩として、この世界において、ひときわ輝くことであり、また主が備えられた「良き行ない」をすることにあります。
    さて、賢い管理人とは、どのようなことなのでしょうか。それは、主が再臨される時を、何時いかなる時も、胸にしっかりと刻み込み、日々生活して行く人を表わしています。
    そして愚かな管理人とは、主が自分に備えられた人々に対して、その面倒や世話を怠り、この世の人々と同じような生活をしている、自称クリスチャンのことを指しています。
    また、主の思いとは、すべての人が主イエスを信じて救われ、永遠の命を得ることなのです。そして、弟子たちや私たちが、主の生きた証人となることです。
    さて、救われて間もない者、また信仰的に幼い者には、主人の思いがまだ良く理解出来ておりません。信仰生活を10年以上送っている者とは、やはり差があり違います。
    それゆえに、多く与えられた者はみな、多くを求められ、多く任された者は、さらに多くを要求される、と主は言われるのです。》

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