• 日々のみ言葉 2016年7月7日(木)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2016年7月7日(木)

    ◎聖書箇所 【マルコの福音書15章22節】
    15:22 そして、彼らはイエスをゴルゴタの場所(訳すと、「どくろ」の場所)へ連れて行った。

    ◎ショートメッセージ
    《ゴルゴタの丘がどこにあるのか、学者はその場所を特定しようとして来ました。はっきりしていることは、その処刑場は、エルサレムの城壁の外にあったと言うことです。

     そして、アリマタヤのヨセフが、イエス様の御体を葬るために提供することになる、新しい墓の近くであると言うことです。伝承では、公園のすぐ側に、アリマタヤのヨセフは、本来は自分が葬られる新しい墓を造ったと言われています。

     近年、とある考古学者が、聖霊様の導きによって、その場所を特定しました。その学者が撮った写真を見ますと、確かに、その丘のある崖には、どくろの顔が浮かび上がっています。残念ながら、その場所は、今はイスラエル政府によって立ち入り禁止になってしまいました。
     まさしくその場所こそ、主イエス様が処刑されたゴルゴタの丘であるとも思えるのです。なぜなら聖書には、『道行く人が、主イエス様をののしった。』と書かれてあり、実際に、その前に道が存在するのです。史実と一致しているのです。

     さて、イエス様の代わりに、十字架を担ぐはめとなったクレネ人シモンは、汗だくになりながら、ゴルゴタの丘まで、重い十字架を運び、上って行きました。
     この時、他の二人の囚人たちも、同じように、自分がかけられる十字架を運んで行ったのです。
     最初に主イエス様とクレネ人シモンが、その次に二人の囚人たちが、ローマ兵たちにせっつかれて、とぼとぼと処刑場にまで、上って行きました。

     この時、シモンと二人の囚人が担いだ「十字架」は、どのようなものであったのでしょうか。
     この「十字架」にも、二つの説があるのです。一つは、私たちが良く知っている、まさに十字の形をしている十字架です。しかしその大きさから考えますと、人間一人をその十字架につけて、立てるには、相当頑丈なものであって、重さも百キロ近くになるかと思われます。そのようなものを運ぶことは、極めて困難なことではないでしょうか。
     
     もう一つは、十字架の横の杭を運んだという説です。これだと確かに、重さは五十キロくらいで、これならば何とか運べそうです。

     今まで、主イエス様を主人公とした映画が、数多く製作されて来ましたが、どちらの説にも基づいた解釈による十字架が使用されています。つまり、ある映画ではまさに十字架であり、またある映画では、横の杭を運んでいます。
     一時話題となったメル・ギブソン監督の映画「パッション」では、ズバリそのものである十字架が使用されています。撮影用の小道具ですが、それでさえも何と重さが六十キロ近くあったと言われています。

     主イエス様の体力はすでに限界に達し、最初は十字架を運んでいたのですが、ついに歩けなくなり、倒れ込んでしまいます。
     そこへ、運悪く?、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、ローマ兵たちは、イエス様の十字架を、むりやり彼に背負わせ、ゴルゴタの丘にまで運ばせたのです。すべてはまさしく、神の御手の中に、なされているのです。》

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