◇◆◇日々のみ言葉
2016年7月23日(土)
◎聖書箇所 【マルコの福音書15章42節~43節】
15:42 すっかり夕方になった。その日は備えの日、すなわち安息日の前日であったので、
15:43 アリマタヤのヨセフは、思い切ってピラトのところに行き、イエスのからだの下げ渡しを願った。ヨセフは有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった。
◎ショートメッセージ
《ユダヤの「夕方」とは、実は二段階の夕方が存在します。ユダヤ暦では、現代時制の午後6時から新しい一日が始まることは、すでに学んだ通りです。
実際に日が沈む頃までの夕方と、日が沈んで、次の日が始まる前の夕方があります。
マルコが書き記しています夕方とは、後者に相当します。
「その日」とは、イエス様が十字架に掛けられた日、すなわち聖金曜日のことです。ユダヤ暦では、安息日とは「土曜日」を指します。
それゆえセブンスデー・アドバンティスト教会は、礼拝を土曜日に行なうのです。彼らは一時、誤解されていましたが、尾山令仁先生は、異端ではなく私たちプロテスタント教会の仲間であることを、教えておられます。
イエス様が、十字架上において息を引き取られたのが、午後3時ですから、アリマタヤのヨセフが、ローマ総督ポンテオ・ピラトの所に願いでたのは、午後3時を過ぎてすぐであったかと思われます。アリマタヤのヨセフは、主イエス様の十字架刑を目撃していた可能性が、非常に高いと言えます。おそらく遠くからだと思われますが。
ヨハネによりますと、
『そのあとで、イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフが、イエスのからだを取りかたづけたいとピラトに願った。それで、ピラトは許可を与えた。そこで彼は来て、イエスのからだを取り降ろした。
前に、夜イエスのところに来たニコデモも、没薬とアロエを混ぜ合わせたものをおよそ三十キログラムばかり持って、やって来た。
そこで、彼らはイエスのからだを取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従って、それを香料といっしょに亜麻布で巻いた。
イエスが十字架につけられた場所に園があって、そこには、まだだれも葬られたことのない新しい墓があった。
その日がユダヤ人の備え日であったため、墓が近かったので、彼らはイエスをそこに納めた。(ヨハネの福音書19:38~19:42)』と、書かれています。
同じサンヘドリン議員のニコデモに連絡を取ったり、またピラトへの願い出るタイミングも、その場に居合わせなければ、このように迅速には動けなかったからです。
アリマタヤのヨセフは、有力な議員であったと言うことは、それ相応の地位をエルサレムにおいて、持っていたと言うことです。またニコデモは、エルサレム神学校の校長でもあり、とすればパリサイ人や律法学者たちの中には、彼の教え子たちも多く存在していたはずです。
その高名な二人が、名誉も地位もすべてを捨てて、自分たちが主イエス様の弟子であることを、ユダヤ人に、または同僚たちの間において、公に証を立てたのです。
彼らは、ユダヤ人社会から追放されて、やがてはすべてを失うことになって行きます。しかし、その魂は、何時いかなる時であっても、喜びと平安に満たされていたと伝えられています。
主イエス様は、そのお約束通りに、最後まで彼らと共におられたと、私は確信します。》