◇◆◇日々のみ言葉
2017年8月15日(火)
◎聖書箇所 【ルカの福音書11章23節】
11:23「私の味方でない者は私に逆らう者であり、私とともに集めない者は散らす者です。」
◎ショートメッセージ
《ここでイエス様は、はっきりとご自身の立場と、人の立場を明確に述べています。
新改訳聖書は少し分りにくい訳ですので、ここでも現代訳を見てみましょう。
『「私の味方でない者は私に反対し、私と一緒に集めない者は散らす者、神の国に中立などありません。」(現代訳ルカの福音書11:23)』》
霊的戦いに、中立な立場はないのです。つまりイエス様の側につく者は、イエス様に従い、イエス様と共に集める者なのです。その者は神様の味方であり、また神様が味方となってくださいます。
しかしイエス様を信じようとしない者、あるいは救い主として受け入れない者は、イエス様に逆らう者であり、散らす者の仲間なのだ、と言われるのです。
たとえその人自身が、
「いや自分はどちらにも属していないから、関係がない。自分には全く無関係なことだ。よって私は神の味方でもなく、敵でもない。ましてや悪魔の味方であるはずがない。」
と、いくら弁明したとしても、まことの神様の御子である主イエス・キリストを信じようとしない者、受け入れない者は、神様の味方ではなく、それだけで悪魔の味方であり、悪魔に属していることになるのです。
神様の側につくか、悪魔の側につくのか、その人が決心しなければならないのです。
主イエス様を信じ受け入れる者は、罪赦され「永遠のいのち」が与えられます。
しかし、主イエス様を信ぜず、拒否する者には、「永遠の滅び」が待っているのです。
イエス様は、パリサイ人や律法学者たち、ユダヤの指導者にはっきりと言われました。このメッセージは彼らに対する、最後の勧告であり、また愛と哀れみなのです。
『「私を信じる者は、私ではなく、私を遣わした方を信じるのです。
また、私を見る者は、私を遣わした方を見るのです。私は光として世に来ました。私を信じる者が、だれもやみの中にとどまることのないためです。
だれかが、私の言うことを聞いてそれを守らなくても、私はその人をさばきません。私は世をさばくために来たのではなく、世を救うために来たからです。
私を拒み、私の言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。私が話した言葉が、終わりの日にその人をさばくのです。
私は、自分から話したのではありません。私を遣わした父ご自身が、私が何を言い、何を話すべきかをお命じになりました。
私は、父の命令が永遠のいのちであることを知っています。それゆえ、私が話していることは、父が私に言われたとおりを、そのままに話しているのです。」(ヨハネの福音書12:44~12:50)』
この方以外に救いはありません。この方の御名以外に、人が救われる名は何一つ与えられてはいないのです。》