• 2018年5月13日礼拝メッセージの概要

    ◇◆◇2018年5月13日第二主日母の日礼拝
    ◎本日の聖書箇所 【ヨハネの福音書14章15節~17節】 (新約p.192上段右側)
    14:15 「もしあなたがたが私を愛するなら、あなたがたは私の戒めを守るはずです。
    14:16 私は父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、共におられるためにです。
    14:17 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたと共に住み、あなたがたのうちにおられるからです。」

    ◎メッセージの概要 【もうひとりの助け主】
    《先週は、イエス様の昇天記念礼拝のメッセージでした。今日は「母の日」ですが、来週はペンテコステですので、イエス様が約束された四つ目の約束について、すなわち「もうひとりの助け主」について学びたいと思います。
     イエス様が弟子たちになされた三つの約束を思い起こしますと、
     一つ目は、「主の行なわれたわざを行なう」ことであり、
     二つ目は、「それよりもさらに大きなわざを行なう」ことであり、
     三つ目は、「主の名によって求めるものは何でも主がして下さる」と言う約束でした。その条件は、「私を信じる者ならば」と言うことでした。
     そしてこの四つ目の約束には、「主を愛し、主の戒めを守る」と言う条件があると言うことを言われています。それでは、それはどのようなことなのでしょうか。
     主は言われました。
    「誰でも私を愛する人は、私の言葉を守ります。そうすれば、私の父はその人を愛し、私たちはその人の所に来て、その人と共に住みます。私を愛さない人は、私の言葉を守りません。あなたがたが聞いている言葉は、私のものではなく、私を遣わした父の言葉なのです。」
     ここから、主の言われた言葉、すなわちみ言葉(聖書)の言葉を守る者には、もうひとりの助け主が与えられることが分かります。もちろん、主を拒む者には与えられないのです。
     つまり、誰にも「助け主」が与えられるわけではありません。イエス様を主として信じ、イエス様を愛し、語られたみ言葉を守る者に与えられると言うわけです。
     その為には、「見よ。私は、戸の外に立ってたたく。誰でも、私の声を聞いて戸をあけるなら、私は、彼の所にはいって、彼と共に食事をし、彼も私と共に食事をする。」と、主がヨハネに言われたように、主の声を聞いて、心の奥深い扉を開かなければならないのです。そうすれば、主イエス様ともうひとりの助け主が、共にいて下さることになります。
     それでは「もうひとりの助け主」とは、一体どのようなお方なのでしょうか。ここで使われていますギリシャ語は、「パラクレートス」で、『弁護を必要とする者の相談相手として、彼の側に呼ばれた人のこと』を指します。つまり取り成しをして下さるお方なのです。
     パウロは言います。
    「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみ心に従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。」と。
     聖霊なるお方は神様であられます。イエス様は、はっきりと「その方」と言い、人格を持っておられることを言われています。
     イエス様はよみがえられました。そして父なる神様によって復活の体を与えられました。イエス様が、もしここに現われたとしたら、他の所には行くことは出来ません。つまりすべての場所と時間に、同時に現われることは出来ないのです。しかし御霊なる聖霊は違います。 いつでも、どこにでもいて下さり、クリスチャンを助けて下さるのです。御霊は偏在されるお方なのです。
     イエス様は、もうひとりの助け主を「真理の御霊」であると言われました。このお方は、「すべてのことを教え、また主が話されたすべてのことを思い起こさせてくださる。」、とも言われました。それだからこそ、私たちは四つの福音書を手にすることが出来るのです。
     そして「真理の御霊」が来るとき、その御霊がイエス様について証し、すべての真理に導き入れて下さるとも言われました。それだけではありません。御霊はやがて起ころうとしていることをも、クリスチャンに示して下さるのです。
     さて、一番の約束は何と言いましても、その助け主がいつまでも私たちと、共にいて下さると言うことです。そしてイエス様が「私たち」と言われましたように、助け主であるお方が共にいて下さる時に、イエス様も共にいて下さると言うことなのです。
     最後にイエス様は、
    「世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたと共に住み、あなたがたのうちにおられるからです。」と言われましたが、これは預言です。
     この預言が成就するのが、来週のペンテコステ、聖霊降誕の時となります。聖霊様は、罪を示して下さいます。聖霊様は、聖書を説き明かして下さいます。聖霊様は、救い主であるイエス様に導いて下さいます。誰も聖霊様によらなければ、「イエス様は主である」とは、告白出来ないのです。
     今の時代、まだ聖霊様はこの世界に留まっておられます。そしてイエス様が約束されたとおりに、主を信じる者には、「もうひとりの助け主」なるお方が共にいて下さるのです。あなたや私の心の中に、聖霊様はおられます。
     しかし心の一番奥底に、来ていただかなければならないのです。そこの扉を開けなければならないのです。その場所こそが、主イエス様が、あなたと共に食事をされる場所なのです。 なぜなら、その一番奥まった部屋に、本当のあなたが隠れているからです。聖霊様は、私やあなたと、親しい交わりを望んでおられます。それはあなたと言う人格と、聖霊様つまり神様の人格との交わりなのです。そのお方に、心の奥底まで、来ていただこうではありませんか。》

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