• 日々のみ言葉 2019年6月23日(日)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2019年6月23日(日)

    ◎聖書箇所【使徒の働き13章1節】
    13:1 さて、アンテオケには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、国主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどという預言者や教師がいた。

    ◎ショートメッセージ
    《引き続き同じ箇所からとなります。

     バルナバについては、後にじっくりと考えて見るつもりです。今回は、ニゲルと呼ばれるシメオンについて考えて見ましょう。

     まず「ニゲル」と言うニックネームですが、ラテン語名で「黒」という意味ですから、おそらくアフリカ人であったと思われます。
     そして「シメオン」ですが、彼はシメオン族に血筋を持つれっきとしたユダヤ人であることが分かります。
    「シメオン」の略語は「シモン」となります。よってシモン・ペテロと同じ名前であり、ペテロの正式名は「シメオン」であって、ニゲルと呼ばれたシメオンと同じ部族に所属していることは、間違いないことです。

     さて、この人物については、ある真実が聖書に書き記されています。

     マルコの福音書によりますと、
    『彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した。
     そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。
     そして、彼らはイエスをゴルゴタの場所(訳すと、「どくろ」の場所)へ連れて行った。(マルコの福音書15:20~15:22)』と書かれています。

     この「クレネ人」とは、北アフリカの「クレナイカ」の首都であり、港町クレネ出身のユダヤ人のことで、当時のクレネには「ユダヤ人移住区」があって、多くのユダヤ人が住んでいました。
     主イエス様が、ゴルゴタへの道を十字架を担いで、何度も倒れ、ついに歩けなくなられた時、ローマ兵は、通りがかりのある家族の父親に、その任務を押しつけました。
     この時、シモンは一人ではなく、妻と二人の子ども(アレキサンデルとルポス)がその場に居合わせたと思われます。

     主イエス様の代わりに十字架を運ぶことになったシモンと、ニゲルと呼ばれたシメオンが、同一人物である証拠が、ローマ人への手紙に書かれています。

    『主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。(ローマ人への手紙16:13)』と。

     パウロがアンテオケの教会に在籍していた時に、クレネ人シモンと息子ルポスの家に泊って世話になったということは十分に考えられます。
     その時、まるで母親のようにパウロを世話したのが、シモンの妻であったのです。それゆえ「私の母」と書き記しています。
     パウロが「ローマ人への手紙」を差し出した時に、シモンが生存していたかどうかは分かりかねますが、妻は健在であったようです。
     これは私の推測ですが、この時にはすでに、この「母」は、かなり年老いていたと思うのです。

     クレネ人シモンとその妻、そしてまだ子どもであったに違いないアレキサンデルとルポスは、主イエス様の十字架と死を、間近に目撃したと私は確信しています。
     その場面を正確に、なおかつ詳細にわたって、後のパウロに伝える為にです。》

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