• 日々のみ言葉 2019年11月20日(水)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2019年11月20日(水)

    ◎聖書箇所【使徒の働き18章4節】
    18:4 パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人とギリシヤ人を承服させようとした。

    ◎ショートメッセージ
    《紀元49年に、ローマ帝国クラウディオ帝は、ユダヤ人をローマから追放する勅令を出しました。
     この「ユダヤ人追放令」によって、ローマに住居を持ち、おそらくローマ市民であったアクラとプリスキラ夫婦は、余儀なくコリントに移って来ました。
     パウロがアテネからコリントにやって来たのは、紀元50年前半であることは、ほぼ確定していますので、アクラとプリスキラ夫婦がコリントにやって来てから、まだ間もない頃であったことは間違いないことです。
     しかし、すでに持ち前の職業の賜物によって、この夫婦の「天幕作り」は、順調な滑り出しを得ていたと思われます。なぜなら主イエス様の恵みが溢れんばかりに注がれていたからです。それは、やがてコリントにやって来るパウロを向かい入れる為にです。

     クリスチャンには、偶然はありません。
     考えても見て下さい。
     ヨセフとマリヤがなぜベツレヘムに行かなければならなかったのかを。

     ルカの福音書によれば、
    『その頃、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。これは、クレニオがシリヤの総督であった時の最初の住民登録であった。
     それで、人々は皆、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行った。ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。彼は、ダビデの家系であり血筋でもあったので、身重になっているいいなずけの妻マリヤも一緒に登録するためであった。(ルカの福音書2:1~2:5)』と書かれています。

     この時にも、ローマ皇帝の勅令が出されたことによるのです。それで、聖書の預言通りに、イエス様はベツレヘムに生まれることになるわけです。

     そして、それから50数年後、ローマ皇帝の勅令が出されるのです。だからアクラとプリスキラ夫婦はコリントに行き、そこで同業者であるパウロと出会い、また彼を向かい入れるのです。
     よって、旅費が底を尽きかけていたパウロも安心してコリントに滞在し、毎安息日ごとにユダヤ人の会堂に行っては、ユダヤ人たちと、また改宗していたギリシャ人たちと論じ合うことが出来たのです。

     このように、実際に歴史を動かしておられるのは、神様であることが分かります。神様は、未信者をも用いられ、ご自身の計画を遂行なさっておられるのです。

     さて、「パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人とギリシヤ人を承服させようとした。」とルカは書き記していますが、実はこの記事は、「パウロの失敗」であったと思われるのです。

     パウロは本当に博学でした。しかもユダヤ人なら知らぬ人はいないラビの中のラビ、ガマリエル門下であり、また旧約聖書に精通していたのです。
     その自分の知識と力で、同胞ユダヤ人とギリシヤ人改宗者たちを承服させようとしていたからです。

     それは聖霊の働きであるのです。聖霊が働かなければ、主イエス・キリストを信じることはあり得ないことだからです。「救い」は奇跡なのです。》

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