◇◆◇日々のみ言葉
2020年3月15日(日)
◎聖書箇所【使徒の働き22章22節】
22:22 人々は、彼の話をここまで聞いていたが、このとき声を張り上げて、「こんな男は、地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない。」と言った。
◎ショートメッセージ
《アントニヤ要塞の前の広場に集まっていた、パリサイ人や律法学者たちを中心としていたユダヤ人たちは、静まってパウロの言葉に耳を傾けていました。しかし、ついに人々は怒りに満ちて、声を張り上げたのです。
「こんな男は、地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない。」
ところで、なぜ突然に彼らは騒ぎ始めたのでしょうか。
それは、パウロが語った最後の言葉に由来しています。神殿において、幻となって現われた主イエス様はこのように言われたのです。
「行きなさい。私はあなたを遠く、異邦人に遣わす。」
この「異邦人」と言う言葉に怒りが爆発したのです。
尾山令仁師は、このように解説しています。
『ユダヤ人には、間違った選民意識がありました。もともとユダヤ人が選民として選ばれたのは、彼らに使命が与えられていたということです。
それは、彼らだけが知っている生けるまことの神様を、全世界の人々にあかしするということです。
しかし、ユダヤ人たちは選民の特権の上にあぐらをかいていたのです。彼らはこう考えました。
「自分たちは選民なのだから、他の民族より優れた者たちである。
自分たちは選民なのだから、いつも神様が共にいて下さる。
自分自分たちは選民なのだから、何をしても良いのだ。
自分たちは選民なのだから、自分たちだけが救われるのだ。
異邦人が救われる為には、自分たちの一員(割礼を受ける)にならなければならない。」
という、彼らの選民意識というものは、ざっとこのようなものだったのです。
ところが、パウロのあかしでは、選民を差し置いて、異邦人のところへ遣わされたと言うのです。つまり、選民を差し置いて、異邦人が救われると言うわけです。これには、ユダヤ人たちが黙ってはいませんでした。(尾山令仁著「使徒たちの働き下巻」)』と。
また、尾山令仁師は、
『新約時代の選民である教会についても、ユダヤ人と同じように、その使命を忘れてしまうことのないように気をつけなければなりません。』とも警告しています。
教会は、主イエス様の十字架によって流された尊い血潮によって、罪が洗い流され、救い出された主の弟子たちの集まりです。
そしてその使命は、「世の光」「地の塩」と言うことです。
ユダヤ人のようであってはなりません。
「救われていない人」すなわち、まだ主イエス様を知らない人たちは、かつての私たちなのです。
一人でも多くの日本人が、主イエス様に出会うことが出来る様、前進しようではありませんか。》