• 2020年9月6日礼拝メッセージの概要

    ◎本日の聖書箇所【使徒の働き4章23節~31節】
    4:23 さて、釈放された二人は仲間のところに行き、祭司長たちや長老たちが彼らに言ったことを残らず報告した。
    4:24 これを聞いた人々は心を一つにして、神に向かって声をあげた。「主よ。あなたは天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造られた方です。
    4:25 あなたは聖霊によって、あなたのしもべであり私たちの父であるダビデの口を通して、こう言われました。『なぜ、異邦人たちは騒ぎ立ち、もろもろの国民はむなしいことを企むのか。
    4:26 地の王たちは立ち構え、君主たちは相ともに集まるのか、主と、主に油注がれた者に対して。』
    4:27 事実、ヘロデとポンティオ・ピラトは、異邦人たちやイスラエルの民とともに、あなたが油を注がれた、あなたの聖なるしもべイエスに逆らってこの都に集まり、
    4:28 あなたの御手とご計画によって、起こるように前もって定められていたことすべてを行いました。
    4:29 主よ。今、彼らの脅かしをご覧になって、しもべたちにあなたのみ言葉を大胆に語らせて下さい。
    4:30 また、御手を伸ばし、あなたの聖なるしもべイエスの名によって、癒やしとしるしと不思議を行わせて下さい。」
    4:31 彼らが祈り終えると、集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされ、神の言葉を大胆に語り出した。

    ◎メッセージ【祈り終えると】
    《シモン・ペテロとヨハネは、最高法院から釈放されました。二人はすぐにもエルサレム教会に戻ったのです。そして祭司長や長老たちが彼らに言ったことを残らず報告しました。それは、「今後、イエスの名によって語ることも教えることも、いっさいしてはならない。」と、強く命じられたことです。
     当時のイスラエルでは、最高法院で決められたことは、神が決定されたと言う理解が一般的になされていました。しかし彼らは、救い主メシアが、主イエス・キリストであることを知っていたのです。そして「あの預言者」こそが、ナザレのイエスであることも知っていました。これを聞いた使徒たちは、心を一つにして声を上げて祈り始めたのです。
    「主よ。あなたは天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造られた方です。あなたは聖霊によって、あなたのしもべであり私たちの父であるダビデの口を通して、こう言われました。『なぜ、異邦人たちは騒ぎ立ち、諸々の国民はむなしいことを企むのか。地の王たちは立ち構え、君主たちは相ともに集まるのか、主と、主に油注がれた者に対して。』
     これは、今置かれている彼らの状況と立場にも当てはまる預言とも言えますが、主イエスの十字架によって成就したのです。
    「事実、ヘロデとポンティオ・ピラトは、異邦人たちやイスラエルの民と共に、あなたが油を注がれた、あなたの聖なるしもべイエスに逆らってこの都に集まり、あなたの御手とご計画によって、起こるように前もって定められていたことすべてを行いました。」と。
     ここには、十字架刑は父なる神様の御手の中に、またその計画の中に行なわれたことであったことが明確にされています。
     ところで、彼らは、なぜ祈りを捧げたのでしょうか。
    「主よ。今、彼らの脅かしをご覧になって、しもべたちにあなたのみ言葉を大胆に語らせて下さい。また、御手を伸ばし、あなたの聖なるしもべイエスの名によって、癒やしとしるしと不思議を行わせて下さい。」と。
     この時点から、数週間ほど前に聖霊が降臨され、一同は聖霊のバプテスマを受け、力強い証し人へと、まったく変えられたのです。
     それにも関わらず、なぜ彼らは、祈りと願いをする必要があったと言うのでしょうか。確かに、聖霊降臨日の時には、皆が聖霊に満たされたのです。しかし今は違う状況なのです。
     つまり、この時の使徒たちは、追い込まれていたのです。彼らは恐れたのです。この時、教会のリーダーであるペテロとヨハネが捕らえられてしまい、残された使徒たちや弟子たちは途方に暮れ恐れが生じたのです。また、二人が報告した最高法院の決議事項も、恐れを増強させるものでした。それだからこそ、使徒たちは心を一つにして祈り求めたのです。
     その祈りの後に、ペンテコステの時と同じように、大きな物音が起こり、彼らは聖霊の満たし(油注ぎ)を受けたのです。
     使徒パウロは、愛弟子テモテにこのように勧めています。
    『神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えて下さいました。』と。
     私たちは恐れます。状況や目で見える事実によって恐れが生じるのです。しかし、私たちクリスチャンの内には、臆病や恐れの霊ではなく、聖霊が共に住んで下さっています。このお方は主イエスの霊でもあられるのです。この世界を創造された本物の神様が共にいて下さいます。私たちの人生は、神様と二人三脚をしている人生なのです。》

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