◇◆◇日々のみ言葉
2022年2月26日(土)
◎聖書箇所【マタイの福音書27章37節】
27:37 また、イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである。」と書いた罪状書きを掲げた。
◎ショートメッセージ
《ヨハネの福音書における同一並行記事には、
『そこでピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。彼らはイエスを受け取った。そして、イエスはご自分で十字架を負って、「どくろの地」という場所(ヘブル語でゴルゴタと言われる)に出て行かれた。彼らはそこでイエスを十字架につけた。イエスと一緒に、ほかのふたりの者をそれぞれ両側に、イエスを真中にしてであった。
ピラトは罪状書きも書いて、十字架の上に掲げた。それには「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」と書いてあった。それで、大ぜいのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったからである。またそれはヘブル語、ラテン語、ギリシヤ語で書いてあった。そこで、ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、
「ユダヤ人の王、と書かないで、彼はユダヤ人の王と自称した、と書いて下さい。」と言った。ピラトは答えた。「私の書いたことは私が書いたのです。」(ヨハネ19:16~19:22)』と、さらに詳しく書き記されています。
「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」
まさしく、マタイの福音書に書かれていることが成就したことが分かります。
『そして、ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちを通して「この方はナザレ人と呼ばれる」と言われた事が成就するためであった。(マタイ2:23)』
主イエスは、ポンテオ・ピラトが書いたように、「ユダヤ人の王」として、そして「ナザレのイエス」として十字架に架かられ、死んで行かれるのです。
しかも、この罪状書きは、ヘブル語、ラテン語、ギリシヤ語で書かれました。すなわち、当時のエルサレムにおいて用いられていたすべての公用語によってです。つまり、エルサレム巡礼に来る世界中のユダヤ人の誰もが、分かるようにしたのです。
これを見た神殿の祭司長たちはポンテオ・ピラトに、
「ユダヤ人の王と書かないで、彼はユダヤ人の王と自称したと書いて下さい。」と訴えます。しかし、ピラトはそれをはねつけます。
「私の書いたことは私が書いたのです」
これは、ローマ総督としての権威で書いたことであり、また覆すことの出来ない事実であると言うことです。この背後には聖霊が働かれており、神様が書かせたのです。
主イエスのみ側には、ヨハネだけがいました。また、遠くから見つめている女たちの影に隠れて、こっそりとシモン・ペテロがいました。使徒の中では、この二人が十字架と主イエスの死の目撃者であり、証人となるのです。》