• 2022年5月15日礼拝メッセージの概要

    ◎本日の聖書箇所【使徒の働き16章22節~34節】(新約聖書p.268上段左側)
    16:22 群衆も二人に反対して立ったので、長官たちは、彼らの衣をはぎ取ってむちで打つように命じた。
    16:23 そして何度もむちで打たせてから二人を牢に入れ、看守に厳重に見張るように命じた。
    16:24 この命令を受けた看守は、二人を奥の牢に入れ、足には木の足かせをはめた。
    16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスは祈りつつ、神を賛美する歌を歌っていた。ほかの囚人たちはそれに聞き入っていた。
    16:26 すると突然、大きな地震が起こり、牢獄の土台が揺れ動き、たちまち扉が全部開いて、すべての囚人の鎖が外れてしまった。
    16:27 目を覚ました看守は、牢の扉が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとした。
    16:28 パウロは大声で「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」と叫んだ。
    16:29 看守は明かりを求めてから、牢の中に駆け込み、震えながらパウロとシラスの前にひれ伏した。
    16:30 そして二人を外に連れ出して、「先生方。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。
    16:31 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」
    16:32 そして、彼と彼の家にいる者全員に、主のことばを語った。
    16:33 看守はその夜、時を移さず二人を引き取り、打ち傷を洗った。そして、彼とその家の者全員が、すぐにバプテスマを受けた。
    16:34 それから二人を家に案内して、食事のもてなしをし、神を信じたことを全家族とともに心から喜んだ。

    ◎メッセージ【ピリピの牢獄の看守】
    《ピリピのローマ人たちは、パウロとシラスを捕らえ、そして長官たちの前に引き出しました。長官たちは、二人をむちで打つように命じたのです。しかし、なぜこの時パウロとシラスは、自分たちがローマ市民であることを申し出なかったのでしょうか。
     もし、長官たちがローマ市民であると知ったとしたら、当然裁判が開かれたはずですし、ローマ市民はローマ帝国内において、特別な待遇が保証されていましたから、おそらく数日は軟禁され、ピリピから退出することを求められたに違いありません。現に後にはそのような処遇が成されるのです。そうしますと、牢獄には入らないことになります。
     推測ですが、考えられることは、主の御霊が身分を証すことをお許しにならなかったこと、あるいは、全く釈明する時間が与えられなかったことです。しかしこれこそが、神様のご計画であったことなのです。
     パウロとシラスはむち打られた後、牢獄の看守の手に渡され、一番奥に、足かせをはめられて入れられることになります。背中の傷は、かなりひどいものであったはずです。到底激痛で寝られるはずなどありません。しかし、二人不平不満を言わず、祈り、神様を賛美していたのです。なぜなら、二人には強い確信があったからです。その確信とは、パウロが見た、「助けを求めるマケドニヤ人」の幻のことです。この確信に中で、夜中に彼らは祈りつつ、神様を賛美する歌を歌っていたのです。この賛美こそが、「賛美のいけにえ」とも言われているものです。
     さて、この場面からもう一つの真実が分かって来ます。それはピリピまで同行していたはずのルカが見当たらないことです。ルカは神様の特別な計らいによって、捕縛を免れたのです。彼はパウロとシラスが捕らえられたことを、リディアに知らせます。そして、エルサレムにおいてシモン・ペテロが捕らえられた時と同じように、教会はルカの指導のもとに熱心に祈ることになります。
     すると、真夜中に大きな地震が起こって、牢獄の土台が揺れ動き、扉が全部開いて、すべての囚人の鎖が外れてしまったのです。看守は、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとします。
    「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」
    「先生方。救われるためには、何をしなければなりませんか」
    「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」
     パウロとシラスを通して、ピリピの牢獄に属する者たちが、皆救われ、バプテスマを受けます。また看守が自分の家に二人を案内し、看守の家族も皆救われました。後に、リディアの家と、この看守の家がピリピの教会になって行くのです。これこそが、パウロとシラスを用いて、神様がご計画されたことでもありました。
     イザヤはこう預言しています。
     『私は後のことを初めから告げ、まだなされていないことを昔から告げ、『私の計画は成就し、私の望むことをすべて成し遂げる』と。》

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