◇◆◇日々のみ言葉
2025年3月23日(日)
◎聖書箇所【第Ⅱコリント人への手紙1章17節~18節】
1:17 そういうわけですから、この計画を立てた私が、どうして軽率でありえたでしょう。それとも、私の計画は人間的な計画であって、私にとっては、「しかり、しかり。」は同時に、「否、否。」なのでしょうか。
1:18 しかし、神の真実にかけて言いますが、あなたがたに対する私たちの言葉は、「しかり。」と言って、同時に「否。」と言うようなものではありません。
◎ショートメッセージ
《現代訳を掲載いたします。
『1:17 私が前の計画を変えたことは、私の気が変わりやすいことであったと言えるだろうか。それとも、私の計画は人間的な計画であるため、「はい」と言ってから、すぐ、「いいえ」と変わってしまうものだろうか。
1:18 しかし、私は神の真実にかけて言うが、あなたがたに対する私たちの言葉は、「はい」が「いいえ」に変わってしまうような、いいかげんなものではない。』
新改訳の訳は、果たして現代の人には通じるのでしょうか。「しかり」や、「否」と言う言葉は、一体何時頃の言葉なのでしょうか。私は、このような言葉を、70才を超えた今まで、一度も耳にしたことはありません。要するに、相当に年を召された人が、新改訳聖書の翻訳をしたことが分かります。
ここでパウロが言っていますことは、彼自身が語った言葉をすぐに変えることはない、と言うことなのです。私たちは、自分の語った言葉に責任を持たない人が大勢存在していることを知っています。
なぜなら、かつての私自身がそうであったからです。つまり、平気で、その場しのぎの嘘を付くのです。政治家の中にも、言っていることが、日毎にころころ変わることは、まさに日常茶飯事ではないでしょうか。昨今では、アメリカのトランプ大統領に当てはまると言えるでしょう。
しかし、神様の言葉は、決してそのようなことはありません。神様は、ご自身の語られた言葉に、完全に責任を持たれ、またその言葉通りに成就なされるお方なのです。
神の子とされた私たちも、自分の語る言葉に気を付けなくてはなりません。なぜなら、神様は言葉によって、この世界を創造されたからです。神様は、私たちの語る言葉に、耳を傾けておられるのです。》