◇◆◇日々のみ言葉
2025年3月30日(日)
◎聖書箇所【第Ⅱコリント人への手紙2章5節~7節】
2:5 もしある人が悲しみのもとになったとすれば、その人は、私を悲しませたというよりも、ある程度――というのは言い過ぎにならないためですが、――あなたがた全部を悲しませたのです。
2:6 その人にとっては、すでに多数の人から受けたあの処罰で十分ですから、
2:7 あなたがたは、むしろ、その人を赦し、慰めてあげなさい。そうしないと、その人はあまりにも深い悲しみに押しつぶされてしまうかもしれません。
◎ショートメッセージ
《現代訳を掲載いたします。
『2:5 もしある人があのような悲しい手紙を私に書かせる原因を作ったのだとしたら、それは私を悲しませる以上に、まずあなたがた全体を悲しませたのではないだろうか。これは、かなり控え目な言い方をしても、そう言えると思う。
2:6 その人にとっては、すでに多くの人々から責められ、十分罰を受けたわけだから、
2:7 今はもうその人を赦し、慰めてあげなさい。そうでないと、その人は余りにも深い悲しみに打ちひしがれてしまうかもしれない。』
引き続き、失われた「悲しみの手紙」についての、パウロの弁明です。パウロは、「もしある人」と書き始めていますが、この手紙を書くことの原因となった兄弟が、まだコリント教会に在籍していたことが考えられます。
その人のした行為によって、コリント教会の全体が悲しんだことを明確にしています。
しかし、「その人を、もうこれ以上責めることを止めなさい」とも勧めています。
おそらく、パウロがコリントを訪問した時に、その兄弟を個人的に叱責したのではないでしょうか。しかし、それでもその人は悔い改めなかったようです。それゆえに、「悲しみの手紙」が書かれたのです。
今度こそ彼は悔い改めたのではないのでしょうか。また、あるいは、これは「預言」であって、彼が悔い改めることになることを伝えているのではないでしょうか。
神様の御前において、真に悔い改めたのなら赦すべきなのです。》