• 2025年5月18日礼拝メッセージの概要

    ※本日の聖書箇所「ルカの福音書9章28節~36節」(新約p.132上段真中)
    9:28 これらのことを教えてから八日ほどして、イエスはペテロとヨハネとヤコブを連れて、祈るために山に登られた。
    9:29 祈っておられると、その御顔の様子が変わり、その衣は白く光り輝いた。
    9:30 そして、見よ、二人の人がイエスと語り合っていた。それはモーセとエリヤで、
    9:31 栄光のうちに現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について、話していたのであった。
    9:32 ペテロと仲間たちは眠くてたまらなかったが、はっきり目が覚めると、イエスの栄光と、イエスと一緒に立っている二人の人が見えた。
    9:33 この二人がイエスと別れようとしたとき、ペテロがイエスに言った。「先生。私たちがここにいることはすばらしいことです。幕屋を三つ造りましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために。」ペテロは自分の言っていることが分かっていなかった。
    9:34 ペテロがこう言っているうちに、雲がわき起こって彼らをおおった。彼らが雲の中に入ると、弟子たちは恐ろしくなった。
    9:35 すると雲の中から言う声がした。「これは私の選んだ子。彼の言うことを聞け。」
    9:36 この声がしたとき、そこに見えたのはイエスだけであった。弟子たちは沈黙を守り、当時は自分たちの見たことをいっさい、だれにも話さなかった。

    ◎メッセージ【主イエスの栄光(ヘルモン山にて)】
    《最初の「これらのこと」とは、ご自身が「キリスト」であることと「受難予告」について教えられたことを表わしています。それから「八日ほどして」とは、一週間後のことです。
    さて、ペテロのキリスト告白は、ヘルモン山麓にあります「ピリポ・カイサリア」にて行なわれましたから、主はヘルモン山に上られたことは間違いありません。ただし、ヘルモン山は、標高2,800mを越える非常に高い山であり、また夏も万年雪に覆われていますので、当時の靴や服装では、とても登れた山ではありませんでした。よって、ヘルモン山の中腹あたりにある小ピークなどではないかと、考えられます。この時、主イエスは、シモン・ペテロと、ゼベダイの子ヤコブとヨハネだけを連れて行ったのです。
    さて、主は祈る為に、この場所に来られました。そして、三人の目の届く距離から離れて、おそらく数時間以上祈られたのではないでしょうか。なぜなら、弟子たちは眠くてたまらなくなっていたからです。
    『祈っておられると、その御顔の様子が変わり、その衣は白く光り輝いた』とあります。 この時、主は、三人の弟子たちに、「神の御子」であることの栄光を現わされたのです。そして、モーセとエリヤが現われ、主がエルサレムで遂げようとしておられる最期について、話していたのです。
    この時、なぜ弟子たちが、一人はモーセであり、もう一人はエリヤであることが分かったのでしょうか。そのヒントは衣にあると思っています。
    主は、バプテスマのヨハネを「エリヤの再来」と言われましたが、ほぼエリヤと同じような格好をしていたに違いありません。ヨハネはらくだの毛の衣をまとい、腰には革の帯を締めていたのです。
    そして、モーセは、トレードマークである「羊飼いの杖」を持っていたのではないでしょうか。その時、突然、大きな声が響き渡ります
    「これは私の選んだ子。彼の言うことを聞け。」
    この声は、父なる神様の御声です。この声は弟子たちの為に発せられたのです。後日、ペテロは、その第Ⅱの手紙において、明確にその事について証ししています。
    『私たちはあなたがたに、私たちの主イエス・キリストの力と来臨を知らせましたが、それは、巧みな作り話によったのではありません。私たちは、キリストの威光の目撃者として伝えたのです。この方が父なる神から誉れと栄光を受けられたとき、厳かな栄光の中から、このような御声がありました。「これは私の愛する子。私はこれを喜ぶ。」私たちは聖なる山で主と共にいたので、天からかかったこの御声を自分で聞きました。(第Ⅱペテロ1:16~1:18)』と。
    実は、この声は、主イエスが洗礼者ヨハネからバプテスマを授けられた時に、発せられた声なのです。この声は、主イエスを信じ従う、私たち一人一人にも向けて語られています。私たちは、神の子どもとされたのです。私たちは、父なる神様から愛されており、また私たちのあるがままを喜んでいて下さるのです。》

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