※本日の聖書箇所「ヨハネの福音書14章1節~3節旧版」
14:1 「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、また私を信じなさい。
14:2 私の父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、私は場所を備えに行くのです。
14:3 私が行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたを私のもとに迎えます。私のいる所に、あなたがたをもおらせるためです。」
◎メッセージ【備えられた場所】
《2026年の年頭聖句は、ヨハネの福音書14章1節~2節ですが、3節まで共に学んで見たいと思います。
さて、主イエスは、弟子たちに「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、また私を信じなさい。」と言われました。実は、主イエスが、弟子たちに言われた言葉が、今、ものすごいスピードで成就しています。
「戦争や戦争のうわさを聞くことになりますが、気をつけて、うろたえないようにしなさい。そういうことは必ず起こりますが、まだ終わりではありません。民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、あちこちで飢饉と地震が起こります。」(マタイ24:6~24:7)
これが世の終わりの決定的なしるしであることは間違いありません。今の世界情勢を見ますと、私たちは、恐れますし、不安になるのです。しかし主は、うろたえてはならないと、命じておられます。そして、さらに「神を信じ、また私を信じなさい」とも言われています。
そして、次に言われたことが、
「私の父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、私は場所を備えに行くのです。」ということです。
私たちの国籍は天にあります。この世における住まいは、仮庵(仮の住まい)なのです。さて、天の御国について、黙示録には、こう書き記されています。
『また私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとから、天から降って来るのを見た。(黙示21:1~21:2 )』と。
この新しいエルサレムこそが、私たちの住む家ではないかと、私は考えています。
「私が行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたを私のもとに迎えます。私のいる所に、あなたがたをもおらせるためです。」
「私が行って」とは、十字架とオリーブ山での昇天のことです。そして、「また来て」と言うことは、携挙と再臨のことです。パウロは、第Ⅰテサロニケにおいて、「携挙」について、詳しく書き記しています。この奥義は、主イエス様から直接授けられたものだと私は考えます。
『私たちは主の言葉によって、あなたがたに伝えます。生きている私たちは、主の来臨まで残っているなら、眠った人たちより先になることは決してありません。すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きと共に、主ご自身が天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主と共にいることになります。(第Ⅰテサロニケ4:15~4:17 )』と。
これこそが、私たちクリスチャンの最終ゴールなのです。今から二千年ほど前に降られた御霊が天に戻られます。救われた者の内には、聖霊様が住んでおられます。聖霊様は、ご自身の宮を、すなわち私たちの身体を天に引き上げて下さるのです。その時は近づいています。それだからこそ、何時もつつましく生きて行くのです。また、常に霊的な目を覚ましていなければならないのです。》