◇◆◇日々のみ言葉
2026年2月5日(木)
◎聖書箇所【ガラテヤ人への手紙4章8節~9節】
4:8 しかし、神を知らなかった当時、あなたがたは本来は神でない神々の奴隷でした。
4:9 ところが、今では神を知っているのに、いや、むしろ神に知られているのに、どうしてあの無力、無価値の幼稚な教えに逆戻りして、再び新たにその奴隷になろうとするのですか。
◎ショートメッセージ
《昨日と同じ箇所からとなります。再度となりますが、現代訳を掲載します。
『4:8 しかしながら、昔、神を知らなかった頃のあなたがたは、本当の神でないものを拝んでいて、その奴隷だった。
4:9 しかし、今ではもう本当の神を知っているのに、いや、もっと正当な言い方をすれば、本当の神に知られているのに、どうしてあの無力で無価値とも言うべき昔の幼稚な教えに逆戻りして、もう一度そんなものに夢中になるのか。』
パウロは、「今では神を知っているのに、いや、むしろ神に知られているのに」と言っています。
パウロによって、主イエス・キリストの福音を聞くまでは、彼らは、全く空しいものを拝んでいたのです。日本の多くの人々が今もしているように。
主イエス様に出会うまでの私もそうでした。熊野神社に参拝し、お賽銭を投げ入れ、12月31日の大晦日には、菩提寺であるお寺に行き、除夜の鐘をついて合掌していました。
また、小学6年生と中学1年の時には、母親の勧めで「霊友会」という新興宗教の門をくぐったことがありました。今考えて見ますと、何と愚かであったことでしょう。
しかし、今は違います。真の神様の存在を知ったのです。創造主なるお方を知ったのです。そればかりではありません。主は私のことをご存じなのです。私のすべてを知っておられます。私の今も未来も、すべて主のものなのです。
そんな私が、どうして昔の愚かな時代に戻ることが出来ると言えるのでしょうか。しかし、クリスチャンの中には、神様から離れて行く者も存在することは事実なのです。
パウロは言っています。
『デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、また、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行ったからです。(第Ⅱテモテ4:10)』と。
忠実な愛弟子であり同労者でもあったデマスが、世を愛し、パウロのもとから、そして主イエス様のもとから去って行ったのです。
こうなりますと、なかなか戻って来ることは難しくなってしまいます。しかし、神様は、もう一度、彼らに悔い改めるチャンスを与えられると私は信じています。多くの場合、大きな試練を伴うかも知れませんが。》