• 2026年2月22日礼拝メッセージの概要

    ※本日の聖書箇所「ルカの福音書12章31節~32節」(新約p.142下段右側)
    12:31「むしろ、あなたがたは御国を求めなさい。そうすれば、これらのものはそれに加えて与えられます。
    12:32 小さな群れよ、恐れることはありません。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国を与えて下さるのです」

    ◎メッセージ【御国を求めなさい】
    《先週の続きとなります。ここで主イエス様は、「あなたがたは御国を求めなさい。」と言われたのです。さて、私たちは、この世にいます。この世に生かされています。しかし、主イエス様は、「私がこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。」』とも言われています。
    また、使徒パウロは、『神はまた、キリスト・イエスにあって、私たちを共によみがえらせ、共に天上に座らせて下さいました。』と書き記しています。
    私たちのこの体は確かに、この世にまだ属していますが、私たちの霊は、主と共に天に座していることになるのです。しかし、魂と体は未だに贖われていないことも事実なのです。
    さて、「御国」とは何でしょうか。みくにですから、3つの国が考えられるかと思われます。
    まず、一つ目の御国ですが、それは、私たちの魂と体が贖われる時を指しています。それは、携挙の時です。携挙こそが、私たちが待ち望むべきゴールでもあるのです。
    そして、二つ目の国とは千年王国のことです。
    「主イエスよ。来たりませ。」とユダヤ人全員が叫び求めた時に、主は再臨されます。その時、主は、オリーブ山に降り立ち、エルサレムを包囲していたすべての軍隊を一瞬にして滅ぼされ、悪魔を縛り上げ、悪霊を深い穴に閉じ込められます。それから、主が「平和の王子」として納める「千年王国」の統治が始まるのです。
    さて、最後の三つ目の御国ですが、実は御国はもうすでにこの世に来ています。なぜなら、御国とは、主イエス様がご臨在される場所を表わしているからです。「ふたりでも三人でも、私の名において集まる所には、私もその中にいるからです。」と、主は言われました。
    つまり教会こそが、神の三つ目の御国なのです。御国のひな形とも言えるでしょう。教会に集うこと、集い続けること、また信徒の友人たちと交流を持つことは非常に大切なことなのです。なぜなら、私たちは互いの為に励まし合い、助け合い、祈り合うことが出来るからです。
    さて、主イエス様は、「神の御国を求めなさい」と言われましたが、これは一回だけではなく、常に求め続けることを言われています。私たちは「この世の者」ではありません。やがて、来たるべき携挙、千年王国、それを求め続けることを、主は教えておられるのです。
    また、続けて「そうすれば、これらのものはそれに加えて与えられます。」とも約束されています。「これらのもの」とは、この世を旅する者として、必要なものを指しています。
    『何を食べたらよいか、何を飲んだらよいかと、心配するのをやめ、気をもむのをやめなさい。これらのものがあなたがたに必要であることは、あなたがたの父が知っておられます。」』
    日ごとの糧も、必要なものは全部、私たちの父なる神様が心配して与えて下さるのです。私たちの教会は、まさしく「小さな群れ」です。しかし恐れることはありません。何時も、神様が共におられ、私たちには、すでに御国が与えられているからです。》

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