• 日々のみ言葉 2016年3月31日(木)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2016年3月31日(木)

    ◎聖書箇所 【マルコの福音書12章41節~42節】

    12:41 それから、イエスは献金箱に向かってすわり、人々が献金箱へ金を投げ入れる様子を見ておられた。多くの金持ちが大金を投げ入れていた。
    12:42 そこへひとりの貧しいやもめが来て、レプタ銅貨を二つ投げ入れた。それは一コドラントに当たる。

    ◎ショートメッセージ

    《今日のみ言葉は、昨日と同じ箇所からの学びとなります。
     今日は献金について学びたいと思います。

     多くの金持ちに取りましては、たとえ沢山の硬貨を神殿の献金箱に投げ入れて、ラッパ状の筒に、大きな音を響かせたとしても、実際には有り余る中の僅かな物を捧げていたのであって、それは彼らに取っては、痛くもかゆくもないものでした。

     ここから「献金」について学んでみようと思います。

     主イエス様と出会い、救いをいただき、信仰生活を始めた、生まれたばかりのクリスチャンに取って、最大の壁とも言うべき、立ちはだかるものが「献金」なのではないでしょうか。もちろん中には、例外的な方もおられて、すんなりとその試練を通り抜け、素直に従うことの出来る方もおられます。

     しかし、多くの場合には、それはなかなか難しいことではないかと思うのです。なぜなら私がそうだったからです。私は、なかなかこの壁を乗り越えられませんでした。

     特に、「十分の一」献金において。

     十分の一献金は、献金ではなく「返金」です。神様にいただいた恵みの中から、感謝の心を込めて、神様に返金するのです。

     マラキ書には、こう書かれています。

    『人は神のものを盗むことができようか。ところが、あなたがたはわたしのものを盗んでいる。しかも、あなたがたは言う。『どのようにして、私たちはあなたのものを盗んだでしょうか。』それは、十分の一と奉納物によってである。
     あなたがたはのろいを受けている。あなたがたは、わたしのものを盗んでいる。この民全体が盗んでいる。
     十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。万軍の主は仰せられる。わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。
     わたしはあなたがたのために、いなごをしかって、あなたがたの土地の産物を滅ぼさないようにし、畑のぶどうの木が不作とならないようにする。万軍の主は仰せられる
    すべての国民は、あなたがたをしあわせ者と言うようになる。あなたがたが喜びの地となるからだ。」と万軍の主は仰せられる。(マラキ書3:8~3:12)』

     このみ言葉は、本当に真実です。もし、神様が言われたとおりに実行するのなら、ここに書かれた約束が成就します。さらなる祝福を神様が下さるのです。これは、やってみなければ分かりません。これは経験しなければわからないのです。
     しかし順序は決まっています。まず捧げることが先なのです。
     次に、十分の一の献金そして感謝献金をどこに捧げるべきでしょうか。それは、あなたが所属する教会にです。それが神様のみ心であり、秩序です。

     このやもめは、レプタ銅貨を二つ投げ入れました。それは一コドラントに当たる僅かなお金ですが、主イエス様は、彼女が持っている生活費の全部を捧げたことを知っておられました。神は、心をご覧になられます。主イエス様は、心をご覧になるのです。》

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