• 日々のみ言葉 2017年4月4日(火)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2017年4月4日(火)

    ◎聖書箇所 【ルカの福音書8章15節】
    8:15「しかし、良い地に落ちるとは、こういう人たちのことです。正しい、良い心でみ言葉を聞くと、それをしっかりと守り、よく耐えて、実を結ばせるのです。」

    ◎ショートメッセージ
    《主イエス様による「種を蒔く人のたとえ話」の解き明かしも、いよい最後となりました。種とは「神の言葉」であり、具体的には主イエス様が語られた真理を指し示します。
     この時には、まだ新約聖書はありませんでした。新約聖書が書かれる為には、主イエス様の十字架から、二・三十年が必要でした。
     その頃には、生き証人であった使徒たちや、主イエス様の復活を直に見た人たちが、徐々に召され始め、何としても、主イエス様のことや、主の教えられた内容を文書にして、残す必要に駆られたことが切っ掛けであったようです。

     さて、イエス様はこのように言われました。
    「また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結びました。良い地に落ちるとは、こういう人たちのことです。正しい、良い心でみ言葉を聞くと、それをしっかりと守り、よく耐えて、実を結ばせるのです。」

     尾山令仁先生は、このように解釈しています。
    『ここでは主が、「正しい良い心でしっかりと守る」ことの重要性を強調しておられますが、これはどういうことを意味しているのでしょうか。
     頑なな心ではなく、熱狂的でやたらに新しいものに飛びつく軽薄な心でもなく、神様とこの世の両者に仕えようとする二心でもないことから、物事を色めがねで見たりせず、謙虚に、また虚心坦懐(心に何のわだかまりもなく、さっぱりして平らな心。また、そ
    うした心で物事に望むさまを表わす)な心を意味していると言うことが出来ます。
     先入観や偏見を持たず、素直な心であり、感動すべき者には素直に感動する幼子のような心です。
     それともう一つは「しっかりと守り、耐え忍ぶ」ことだと、主イエス様は仰せられました。これはみ言葉に従い、そのみ言葉に生きると言うことです。み言葉に命を懸けると言っても良いでしょう。
     そしてイエス様は、「聞く耳のある人は聞きなさい」とも言われました。神様のみ言葉に対する聞き方、これこそ実を結ぶに至るか至らないかの分かれ道なのです。
     み言葉に命を懸けて従う人は、百倍の実を結ぶのです。そしてそれこそが、命と死の分かれ道なのです。』

     使徒ペテロは、このようにその手紙において勧めています。
    『信仰の試練は、火を通して精練されてもなお朽ちて行く金よりも尊いのであって、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかります。(第一ペテロ1:7)』

     良い地とは、その人の心の状態が、み言葉によって耕され、そして聖霊様の水によって、豊に潤っている地を指すのです。そう言う人には、そこに植えられたみ言葉の種が、芽生え、やがて成長し、大きな木になって百倍、六十倍、三十倍の実を結ぶことになっって行くのです。

     多くの人々が、毎年教会において救われ、そして洗礼を受けてクリスチャンに加えられて行きます。しかしそれと同じくらいの人たちが、教会から離れて行くことも事実です。
     それだからこそ、日本のクリスチャン人口が、総人口の0.1%を越えず、横ばい状態が何十年も続いているのです。
     近年、クリスチャンの高齢化によって、その全体の数が減少していることが、指摘されています。

     それでは、なぜ多くの人々が、信仰に留まることが出来ないのでしょうか。
    それは、「み言葉と共に歩んでいないからだ。」と尾山令仁先生は、何度も言われます。
     神様のみ言葉に、聖霊様と共に聖書に立つことこそが、唯一の勝利への道なのです。》

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