• 日々のみ言葉 2017年8月30日(水)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2017年8月30日(水)

    ◎聖書箇所 【ルカの福音書11章43節~44節】
    11:43「忌まわしいものだ。パリサイ人。あなたがたは、会堂の上席や、市場であいさつされることが好きです。
    11:44 忌まわしいことだ。あなたがたは、人目につかぬ墓のようで、その上を歩く人々も気がつかない。」

    ◎ショートメッセージ
    《「忌まわしいものだ。パリサイ人。あなたがたは、会堂の上席や、市場であいさつされることが好きです。」

     ここでイエス様が言われたことは、別にパリサイ人や律法学者たちだけに、当てはまりません。なぜなら、それこそが多くの人々が望んでいることだからです。

     地位も名誉もある者ならば、食卓や会議の席において、おのずから人々が、上席の方
    へと案内してくれるものです。
     招かれた家において、どの位置の上席に案内されるかによって、その人への配慮と扱いが決まるのです。
     普通イスラエルでは、主人は中心の上座に位置し、その右の座に座す者は、その日の主賓であり、左の座に座す者は、その主賓の次の位置の者となります。

    「市場であいさつされること」とは、「広場」を意味しています。広場とは、様々な交流の場であり、商談や話し合い、はたまた裁判等の為に利用されて来た場所なのです。 その広場において、同胞のユダヤの人々から、「ラビ」と呼ばれることこそが、彼ら、パリサイ人や律法学者たちの快い気持ちを鼓舞してくれるのです。
     日本で言いますならば、政治家が「先生」と呼ばれるようなものです。

     要するに、彼らは人の目、人の評価が気になるのです。つまり人からの評判をいつも気にかけて生きているのです。私たちは、どうでしょうか。やはり人の目は気になりますね。

     次にイエス様が言われたことは、これは当時のエルサレムの風習を知っていなければ、理解出来ないことです。

     当時のイスラエルは、春になると、墓を石灰で白く塗る習慣がありました。それは、巡礼者がやって来て、知らぬうちに墓の上を歩いて、汚れた者とならないようにと言う配慮からでした。

     旧約聖書の律法では、墓に触れた者は七日間汚れた者になると定められていましたから、せっかく過越の祭を祝う為にエルサレムにやって来ても、知らぬうちに途中で墓の上を歩いてしまい、汚れた者となり、過越の祭を祝えなくなったら大変だと言う配慮から、そうしたのです。

     ところが、全部の墓が石灰で白く塗られれば良いのですが、そうされていない墓があって、それが「人目に付かない墓」と言われるのです。

     それは人目に付かないので、その上を歩いても、誰も分かりません。しかし、その人は残念ながら汚れてしまいます。
     汚れた者は、七日間続く過越の祭に出られなくなり、過越の食事にありつけなくなるのです。

     つまりイエス様が言われたことは、パリサイ人や律法学者たちは、そのように知らぬ間に、人々を汚す者たちだと言うことです。
     それは、まさしく「人目に付かない墓」なのです。そしてその理由は、偽善者だからとイエス様は言われるのです。》

Comments are closed.