• 日々のみ言葉 2017年9月25日(月)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2017年9月25日(月)

    ◎聖書箇所 【ルカの福音書12章28節】
    12:28「しかし、きょうは野にあって、あすは炉に投げ込まれる草をさえ、神はこのように装ってくださるのです。ましてあなたがたには、どんなに良くしてくださることでしょう。ああ、信仰の薄い人たち。」

    ◎ショートメッセージ
    《引き続き、「平地の説教」とも言われている、ルカの福音書からの学びとなります。

     イエス様は言われました。
    「ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです。しかし、私はあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。」

     白いゆり(マドンナリリー)は、まさに美しいと言っても良いでしょう。結婚式などにおいて、生け花として飾られたりしますが、たくさんの白いゆりの花は、まさしく清純と壮麗を表現しているとも言えるでしょう。

     新約時代のイスラエルでは、ゆりは、野の花として考えられていたようです。

     カトリック教会では、白いゆり(マドンナリリー)の花が純潔の象徴として用いられ、聖母マリアの象徴として描かれています。
     また天使ガブリエルは、しばしばゆりの花を携えて描かれますが、これはガブリエルがマリアに受胎告知を行なった天使であることを示すしるしであるとも言われています。

     ともあれ、白いゆり(マドンナリリー)は、純潔を表わしており、まさに結婚式には相応しいと言えるでしょう。

    「しかし、私はあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。」と、イエス様が言われましたが、
     これは、人間が作り上げたものは、神様の被創造物には及ばない、と言う意味です。

     さて、野において咲き誇っていた花も、やがては枯れて行きます。また花瓶を賑やかせていた花も、ついには枯れ落ち、火の中に投げ込まれる時が来ます。
    「それほどに、父なる神様が、野にある花にさえ心を配っておられるのなら、どうして主イエス様を信じ、救い主と受け入れ、神様の子どもとされた人々に、良くしてくださらないことがあるでしょうか。」、とイエス様は言われるのです。

     そして弟子たちに言われた言葉が、「ああ、信仰の薄い人たち。」

     私たちは、信仰が薄いのです。良く育っていないのです。神様を、そしてイエス様を心から信頼し信じていないのです。
    「だから、私はあなたがたに言います。いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて与えられるのです。」

     父なる神様が持っておられるものは、尽きることのない無限の富なのです。どうして子どもたちに、出し惜しみをなさるでしょうか。》

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