◇◆◇日々のみ言葉
2017年10月2日(月)
◎聖書箇所 【ルカの福音書12章36節~37節】
12:36「主人が婚礼から帰って来て戸をたたいたら、すぐに戸をあけようと、その帰りを待ち受けている人たちのようでありなさい。
12:37 帰って来た主人に、目をさましているところを見られるしもべたちは幸いです。まことに、あなたがたに告げます。主人のほうが帯を締め、そのしもべたちを食卓に着かせ、そばにいて給仕をしてくれます。」
◎ショートメッセージ
《ルカの福音書12章35節から40節は、「主人の帰りを待つしもべ」のことについて書かれています。主人とは、もちろん主イエス様を指しています。
ここでイエス様が言われる「婚礼」とは、教会である花嫁を迎えに行く「携挙」のことを、予表しています。
そして、「戸をたたく」とはどのような意味かと言いますと、当然ノックの音が聞こえるはずです。
その時にもし、しもべが酔っ払って熟睡していたとしたら、その音が聞こえるはずはありません。もし起きていたのなら、すぐにその音が分かって、急いで戸を開けて、主人を迎えることが出来ることは言うまでもないでしょう。
それこそが、「目をさましている」と言うことなのです。
さて、主人が戸をたたく音とは、何を意味しているかと言いますと、
『「そのとき、人の子のしるしが天に現われます。すると、地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。人の子は大きなラッパの響きと共に、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。(マタイの福音書24:30~24:31)』
と、イエス様が言われたとおり、それは、「ラッパの音」なのです。
眠っている者には、このラッパの音が聞こえるはずはありません。目をさましている者には、それが聞こえるのです。
では、「目をさましている。」と言うことは、具体的にはどのようなことなのでしょうか。なぜなら私たちは365日、1日24時間、眠らないで起きていることは不可能だからです。
それは、日々神様と共に歩むことを意味しています。それは、日々聖書を読み、祈り、賛美と感謝を捧げる生活を意味するのです。
現代人は確かに忙しいのです。しかも、今から二千年前には、想像も出来ないほどに、世の中は目まぐるしいほどに、スピードアップされています。
息もつけないほどに、私たちは駆り立てられているのです。誰に。この世に、そして悪魔にです。
神様の御前に静まる時が必要です。そうすれば、神様は私たちに、霊の糧を与えて下さる食卓に案内され、給仕してくださるのです。》