• 日々のみ言葉 2018年1月23日(火)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2018年1月23日(火)

    ◎聖書箇所 【ルカの福音書18章2節~5節】
    18:2 「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官がいた。
    18:3 その町に、ひとりのやもめがいたが、彼のところにやって来ては、『私の相手をさばいて、私を守ってください。』と言っていた。
    18:4 彼は、しばらくは取り合わないでいたが、後には心ひそかに『私は神を恐れず人を人とも思わないが、
    18:5 どうも、このやもめは、うるさくてしかたがないから、この女のために裁判をしてやることにしよう。でないと、ひっきりなしにやって来てうるさくてしかたがない。』と言った。」

    ◎ショートメッセージ
    《いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエス様は弟子たちに、「ひとりのやもめと裁判官」のたとえを話されました。
     今日からその学びに入りますが、まずそのたとえの全文を掲載しましたので、その内容を良く味わっていただきたいと思います。

     私は、このたとえ話を読むたびに、本当に可笑しくなって笑ってしまうのです。なぜイエス様は、こんなたとえを話されたのでしょうか。
     私たちは、イエス様は、全く罪を犯さない方であることを知っています。つまり超真面目、かつ勤勉で、厳格なお方と言うイメージを描いたりしがちなのです。

     私は思うのです。十二使徒たちが、何もかも捨ててイエス様に従ったのは、イエス様に神様の権威を感じ取ったからだけではなく、イエス様の人間性にあったのではないかと。

     私のイエス様像は、先ほど書いたイメージとは違うのです。いつも笑顔で、そして哀れみに満ちあふれた優しい眼差しを持ち、そのくせ茶目っ気たっぷりで、ユーモアに溢れ、いつも弟子たちにちょっかいを出しているような、そんな方であったと思うのです。

     このたとえ話に出て来る「裁判官」に、まさにイエス様のユーモア溢れる様子が感じ取れるのです。

    「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官がいた。」

     果たしてこんな人物が存在するのでしょうか。ユダヤ人であったならば、幼い頃から宗教教育を受けているはずですから、「神様を恐れない」と言うことは、よほどの不信仰者です。
     そればかりではありません。この裁判官は、人を人とも思わないと言うのです。この人物設定に、まさにイエス様の皮肉、アイロニーを感じるのは私だけでしょうか。

     「裁判官」と言うならば、相当に地位の高い人物であることは言うまでもありません。それだけの地位と名声を勝ち取っている者ならば、当然自分の力を過信し、神様に頼ろうとはするはずもなく、また自分にだけ関心を抱き、他人に対しての関心などは、少しも、持ち合わせてすらいないのが、普通ではないのでしょうか。

     まさしく現代の成功者たちの姿です。まさしく主イエス様を知らない、多くの日本の人々です。

     しかしイエス様は、すべての人の為に十字架に掛かって死んで下さいました。なぜなら、すべての人には救いが必要だからです。

     どうしてでしょうか。

     それは、『人間には一度死ぬことと、死後に裁きがある』からなのです。人は、生きている間に、死後、永遠を過ごす場所を選ばなければならないのです。

     イエス様を信じ救われた者は、永遠の命が与えられ、天国に永遠にイエス様と共に住むのです。

     しかし、主イエス様の救いを拒んだ者は、地獄において永遠に苦しむこととなるのです。それは「第二の死」です。

     だからこそ、イエス様を宣べ伝えましょう。証ししましょう。話しましょう。》

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