◇◆◇日々のみ言葉
2018年1月25日(木)
◎聖書箇所 【ルカの福音書18章6節~8節】
18:6 主は言われた。「不正な裁判官の言っていることを聞きなさい。
18:7 まして神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。
18:8 あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」
◎ショートメッセージ
《ここで主イエス様は、弟子たちに「ひとりのやもめと裁判官」のたとえ話の解き明かしをされています。
「不正な裁判官の言っていることを聞きなさい。」
裁判官はこう言っています。
「私は神を恐れず人を人とも思わないが、どうも、このやもめは、うるさくてしかたがないから、この女のために裁判をしてやることにしよう。でないと、ひっきりなしにやって来てうるさくてしかたがない。」
イエス様は、弟子たちにいつでも祈るべきであること、そして決して失望してはならないことを教える為にこの話をされたのです。
断っても、断っても、しつこく何度も何度も訴えて来るひとりのやもめ。
その願いこそが、その思いこそが、それこそが、祈りであると言われるのです。
続けてイエス様はこう言われます。
「まして神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをして下さいます。」
いつの日にか、必ず神様による「裁き」が来ることをイエス様は預言しています。ここでイエス様が言われている「選民」とは、ユダヤ人全般を指すのではなく、主イエス様を信じて、生まれ変わった人たちのことを指しています。
紀元70年に、エルサレムに大きな裁きがやって来ました。その裁きの前に、初代教会の信者たちは、一瞬の隙を突いて聖都エルサレムから脱出することが出来たのです。
そして次に、
「しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」と、言われたことは、人類の歴史上において最大のクライマックスとなる、イエス様の再臨の時のことを預言しているのです。
話は元に戻りますが、祈ること、祈り続けることは絶対に必要なのです。あきらめずに、執拗に、神様に、イエス様に願い、求め続けることは必要なことなのです。
それは、あなたや私が、真剣なのか、本気なのかを神様が知る為でもあり、またあなたや私自身がそれを知る為なのです。
そして神様の御わざが成された時、そのことが神様の手によるものであり、恵みであることをいち早く察する為でもあり、また霊と真を持って神様に感謝し、礼拝する為でもあるのです。》