◇◆◇日々のみ言葉
2018年8月4日(土)
◎聖書箇所【ルカの福音書24章50節~53節】
24:50 それから、イエスは、彼らをベタニヤまで連れて行き、手を上げて祝福された。
24:51 そして祝福しながら、彼らから離れて行かれた。
24:52 彼らは、非常な喜びを抱いてエルサレムに帰り、
24:53 いつも宮にいて神をほめたたえていた。
◎ショートメッセージ
《「日々の言葉」は、マタイの福音書、マルコの福音書、そしてルカの福音書として学んで来ましたが、昨日に引き続き同じ箇所からの学びとなります。そして今回が最後となります。
実は昨日までは、この後は「ヨハネの福音書」の学びを予定していました。三つの共観福音書の学びを終えたのなら、次は「第四福音書」と呼ばれているヨハネの福音書になることは当然だと思っていたのです。
いいえ、そのように思わされていた、と言っても良いかも知れません。
そこでみ言葉を思い巡らしていますと、次のような考えがわき起こって来ました。
ヨハネが福音書を書き記した時、確かに三つの共観福音書、そしてパウロとペテロの書簡、その他の書簡の写し(写本)が、手元にあったことは、ほぼ間違いのないことです。
しかし、それだけでしょうか。
いいえ。
ルカの福音書の続編である「使徒の働き」の写しも、ヨハネの手元にあったのではないでしょうか。
この時、ヨハネはエペソ教会の長老として、そして主イエス様の証人として、使徒の最後の生き残りでした。もしかしたら、イエス様の復活を直に体験した人々の中においても、最後のひとりであったかも知れないのです。
ヨハネは、自分の兄ヤコブが、ヘロデ・アンティパスによって殺されたこと。
シモン・ペテロがローマにおいて逆さ磔になったこと。
共に洗礼者(バプテスマ)ヨハネの弟子であったアンデレが、斜め十字架にかけられたこと。
パウロ(サウロ)が、ローマ皇帝ネロによって首を切り落とされたこと。
そして他の使徒たちの辿った殉教の道を知っていたはずですし、もしかしたら紀元70年のエルサレム陥落時の、主による奇蹟的信徒の脱出さえも、主の兄弟ヤコブと共に体験していたのかも知れないのです。
つまり、ヨハネはなぜ「第四福音書」を執筆した後で、使徒の働きの欠損部分を書き記すことをしなかったのでしょうか。
ヨハネの福音書の最後は、
『これらのことについてあかしした者、またこれらのことを書いた者は、その弟子である。そして、私たちは、彼のあかしが真実であることを、知っている。イエスが行なわれたことは、他にもたくさんあるが、もしそれらをいちいち書きしるすなら、世界も、書かれた書物を入れることができまい、と私は思う。(ヨハネの福音書21:24~21:25)』と、言う言葉で締めくくられています。
この言葉から、私たちは、イエス様の行なわれた奇蹟の一部分しか知らないことになってしまいます。もっと主イエス様のなされた御わざについて知りたいのは、そして使徒の働きの続きを知りたいのは私ひとりだけなのでしょうか。
なぜヨハネは、もっと書き足してくれなかったのでしょうか。
さて、明日からは、「ヨハネの福音書」ではなく、「使徒の働き」から、日々学んで行きたいと思います。
『彼らは、非常な喜びを抱いてエルサレムに帰り、いつも宮にいて神をほめたたえていた。』
日々、神様を誉め讃えましょう。嬉しいこと、良かったことだけなく、あらゆる事に関して、神様を誉め讃えましょう。
そうすることによって、今日もあなたや私は、神様の御手の中を歩んで行けるのです。》