◇◆◇日々のみ言葉
2018年8月19日(日)
◎聖書箇所【使徒の働き1章12節】
1:12 そこで、彼らはオリーブという山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムの近くにあって、安息日の道のりほどの距離であった。
◎ショートメッセージ
《二人の御使いは、十一使徒たちに言いました。
「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」
「ガリラヤの人たち。」
十一使徒たちは、彼らの故郷ガリラヤにおいて再任命されました。
公生涯の始め、イエス様が十二使徒を任命された時には、こう書かれています。
『さて、イエスは山に登り、ご自身のお望みになる者たちを呼び寄せられたので、彼らはみもとに来た。そこでイエスは十二弟子を任命された。
それは、彼らを身近に置き、また彼らを遣わして福音を宣べさせ、悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。
こうして、イエスは十二弟子を任命された。そして、シモンにはペテロという名をつけ、ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、このふたりにはボアネルゲ、すなわち、雷の子という名をつけられた。
次に、アンデレ、ピリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルパヨの子ヤコブ、タダイ、熱心党員シモン、イスカリオテ・ユダ。このユダが、イエスを裏切ったのである。(マルコの福音書3:13~3:19)』と。
つまりイスカリオテのユダだけが、ガリラヤ出身ではないのです。イスカリオテとは、ケリオテ出身と言う意味なのです。
それゆえ御使いが、「ガリラヤの人たち」と彼らを呼んだことは真実なのです。
さて、ヨハネ・マルコの家から、イエス様と共に二度も歩いて来た道を、十一使徒たちは引き返して行きます。「安息日の道のりほどの距離」とは、約800メートルのことです。
エルサレム市内のどこにヨハネ・マルコの家があったのかは、正確には分かりかねますが、その帰りの道のりは、本当に喜びに満ちていたに違いありません。
このことを通して、イエス様は、あの日のこと、つまりイエス様がゲッセマネの園で捕らえられた時、ご自身を捨てて逃げ出した十一使徒たちの心の傷をいやされた、と私は思うのです。
主イエス様は、必ずいやして下さるお方なのです。イエス様を裏切った十一使徒たちは、自己嫌悪と後悔の念にさい悩まされていたはずです。
それを綺麗さっぱり、主イエス様は、ご自身の血潮によって洗い流して下さいました。
人は多くの心の傷を抱いています。しかし主を信じる者には、主はその心の傷にも触れて下さり、いやして下さり、そして回復して下さるのです。
そればかりではありません。
そのことを、素晴らしい思い出、いや証しとして、さらに祝福と変えて下さるのです。
私たちが信じているお方は、まことに愛のお方であられます。》