◇◆◇日々のみ言葉
2018年10月8日(月)
◎聖書箇所【使徒の働き3章4節~5節】
3:4 ペテロは、ヨハネと共に、その男を見つめて、「私たちを見なさい。」と言った。
3:5 男は何かもらえると思って、ふたりに目を注いだ。
◎ショートメッセージ
《使徒ペテロと使徒ヨハネは午後三時の祈りの時間に、エルサレムの神殿に上って行きました。
異邦人の庭からはいって行きますと、さらに内側にある「美しの門」が見えてきました。ちょうどその時、ひとりの男が運ばれて来て、その門の前に置かれたのです。
この男は、生まれつき足のきかない男で、宮にはいる人たちから施しを求めるために、毎日この門に置いてもらっていたと言うのです。
彼の唯一の仕事は、「私を哀れんで下さい。」と願い、人々の好意を得ることでした。
その時、彼は、ペテロとヨハネが宮にはいろうとするのを見て、施しを求めたのです。
「私を哀れんで下さい。」
その声を聞いたペテロは、その男を見つめました。ヨハネもその声に気付き、彼を見つめました。
ペテロは、
「私たちを見なさい。」と言ったのです。
普通、一般的に言いまして、乞食は、どのような格好で施しを求めますか。
堂々とした趣(おもむき)で、威厳を持って求めますか。
例えば、「前を通り過ぎようとするおまえたち。私を哀れむことを命じる。」とか。
いいえ。
人の好意と善意を呼び起こす為には、へりくだった態度が必要なことは当然です。よって、うつむいて、両手を額につけて、いかにも自分を卑下するかのように、願い出るものです。
「私たちを見なさい。」
男が、立ち止まっているペテロとヨハネを見る為には、顔を上げる必要があるのです。
私たちは、顔を上に上げなければなりません。なぜなら私たちの本当の故郷は天の御国だからです。
そして私たちは、やがて再臨される主イエス様を待ち望んでいます。主は、地の底から上って来るのではありません。天から降りて来られるのです。
たとえ何が起ころうとも、私たちは下を向くべきではありません。
上を見るべきです。見上げるべきです。希望はあります。望みは生きています。
主イエス様こそが、道であり命であり真理なのですから。》