◇◆◇日々のみ言葉
2018年10月12日(金)
◎聖書箇所【使徒の働き3章6節~8節】
3:6 すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って、
3:7 彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、
3:8 おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりと一緒に宮にはいって行った。
◎ショートメッセージ
《引き続き同じ箇所からの学びとなります。
シモン・ペテロは、威厳を持って大胆に力を込めて宣言したのです。
「金銀は私にはない。」
「しかし、私にあるものを上げよう。」
「ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」
そして彼の右手を取って立たせたのです。この時ヨハネはどうしていたのでしょうか。
私は、ペテロが右手を取ったとありますから、ヨハネは左手を取ったと思っています。
すると二人が見ているうちに、何と萎えていた彼の足とくるぶしが強くなったのです。
男は躍り上がって、まっすぐに立ち上がりました。
そして歩き出したのです。彼は生まれつき歩けなかったのです。歩くことを知らないのです。
その男が、今歩いているのです。歩き出したのです。それは人として歩き出しただけでなく、主イエス様を信じる信徒として歩き出したことを意味しています。
彼は生まれ変わったのです。新しい人生を、歩み出したのです。もう他人に運んでもらう必要がないのです。他人の手を借りなくても良いのです。自分の力で、自分の足でどこにでも行くことが出来るのです。
そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりと一緒に宮にはいって行ったのです。
ここで非常に大切な真理があります。
この男がいやされたのは、誰の力ですか。
ペテロですか。ヨハネですか。
いいえ。主イエス・キリストの御名の力なのです。イエス様が語られたみ言葉の力なのです。
『「まことに、まことに、あなたがたに告げます。私を信じる者は、私の行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。私が父のもとに行くからです。
また私は、あなたがたが私の名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。
あなたがたが、私の名によって何かを私に求めるなら、私はそれをしましょう。」(ヨハネの福音書14:12~14:14)』と言われた通りなのです。
私たちはペテロやヨハネ、つまり見える人を見てしまいやすい者です。本当に私たちが目を留めるべきお方は、主イエス様だけです。
ペテロやヨハネは、神様が用いられた器であり、通り良き管なのです。それゆえ、いやされた男は「神を賛美」したのです。》