• 日々のみ言葉 2019年2月26日(火)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2019年2月26日(火)

    ◎聖書箇所【使徒の働き8章18節~19節】
    8:18 使徒たちが手を置くと聖霊が与えられるのを見たシモンは、使徒たちのところに金を持って来て、
    8:19 「私が手を置いた者がだれでも聖霊を受けられるように、この権威を私にも下さい。」と言った。

    ◎ショートメッセージ
    《さて、ペテロとヨハネは、サマリヤの人々の所へ下って行きました。なぜなら、ピリポによってリバイバルが起こされ、主イエスの御名によるバプテスマを受けたことが伝えられたからです。
     そして、ふたりが、一人一人彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けたのです。

     これは、「彼らは救われていなかった。」と言う意味ではありません。彼らは、主イエス様を救い主と信じ、「イエス・キリストは私の主である」ことを告白したのです。

     その時、聖霊様は彼らの中に内住され、彼らは永遠のいのちをいただきました。その続きを示しているのです。

    「聖霊が与えられる」「聖霊を受ける」と言う訳が、誤解を招くのです。
     本来の意味は、「聖霊のバプテスマ」であるからです。

     よって、このように訳しますと、もっと分かりやすくなるかと思います。

    『使徒たちが手を置くと「聖霊のバプテスマ」が与えられるのを見たシモンは、使徒たちのところに金を持って来て、「私が手を置いた者がだれでも「聖霊のバプテスマ」を受けられるように、この権威を私にも下さい。」と言った。』と言う具合にです。

     ところで、魔術師シモンは、なぜペテロとヨハネの二人が按手して祈ると、祈られた人が「聖霊」を受けたことが分かったのでしょうか。

     それは、その証拠としての「しるし」があるからです。

     アッセンブリー・オブ・ゴット教会の群れの人々は、「聖霊のバプテスマ」を受けた人には「異言」が与えられると言う、教理を持っています。

     これはある意味では正しいことなのです。
     実際に、ペンテコステ(五旬節)の日には、そのような明確なしるしが現われたからです。

     ただし、現在においては、プロテスタントの多くの教派が、聖霊様を否定し、「異言」や「預言」や「異言の解き明かし」を、信徒たちに教えてはいないのです。

     そればかりでなく、「いやし」や「奇跡」でさえも否定します。すなわち、聖書が完結した時点において、「奇跡」や「預言」や「異言」などはすたれたと、教えます。

     つまり、そのような偽りの教理を押しつけられることにより、「聖霊のバプテスマ」が与えられても、預言や異言のやり方を教わっていない為、自分自身にはそれは出来ない、あるいはしてはいけないものだと、思っているわけです。
     やり方、使い方が分からなければ、預言も異言も出来ないからです。

     さて、本題に戻りますが、魔術師シモンは目撃したのです。

     つまりペテロとヨハネが祈る前と、祈った後では、祈られた人に、目を見張るような変化が起こったからです。

     もし何も起こらなかったとしたら、

    「私が手を置いた者がだれでも聖霊を受けられるように、この権威を私にも下さい。」

     と、使徒たちに多額の金を持ってきたりはしなかったでしょう。》

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