◇◆◇日々のみ言葉
2019年3月18日(月)
◎聖書箇所【使徒の働き9章9節】
9:9 彼は三日の間、目が見えず、また飲み食いもしなかった。
◎ショートメッセージ
《「主よ。あなたはどなたですか。」
「私は、あなたが迫害しているイエスである。立ち上がって、町にはいりなさい。そうすれば、あなたのしなければならないことが告げられるはずです。」
サウロは地面から立ち上がったが、目は開いていても何も見えません。そのことをすぐに、伴をして来た者たちにも分かりました。そこで兵士たちは彼の手を引いて、ダマスコへ連れて行ったのです。
行き先は決まっていました。
ダマスコにあるユダヤ人の会堂です。なぜなら、サウロは、大祭司によるダマスコにある諸会堂の管理人あての手紙を持っていたからです。
もしかしたらサウロは、ダマスコのユダヤ人会堂の管理人とは知り合いであったかも知れません。
ガマリエル門下の若きサンヘドリン議員として、すでに名声を得ていたかも知れないのです。
サウロは、会堂において祈っていたのです。
彼は三日の間、目が見えず、また飲み食いもしなかったと、ルカは書き記していますが、ユダヤの数え方は、その日を入れての三日間ですし、夕方に新しい一日が始まりますから、もしその日の午後に主イエス様と出会ったのなら、午後6時から、二日目となり、次の日の午後6時を過ぎると、三日目となり、最短でも26時間くらいになってしまい、今で言う24時間×3日=72時間ではありません。
イエス様が墓に入っていたのも丸三日間ではないことは、言うまでもないことです。イエス様は、金曜日に十字架につけられ、午後3時に息を引き取られます。
そして午後6時からの安息日(土曜日)が始まる前にアリマタヤのヨセフの新しい墓に葬られ、日曜日の日の出前に復活されるのです。実質3+24+10?=37時間くらいになるはずです。
さて、サウロは本当に、徹夜で祈っていたと思います。なぜなら何時しなければならないことが告げられるのか分からなかったからです。
サウロは、またイエス様が現われて、自分に語ってくれることを期待していたに違いありません。
パウロは後に、コリント書簡において、復活のイエス様に出会ったことを書き記しています。
『そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、現われて下さいました。私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、無駄にはならず、私は他のすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。(第Ⅰコリント15:8~15:10)』と。
ここで書かれたことが、ダマスコ途上のことなのか、また別の時であったのかは断定は出来ませんが、私は主イエス様が、再び直に会って下さったと信じています。
なぜならペテロや他の使徒たちが、まったく変えられた背景には、復活され生きておられる主イエス様ご自身にお会いしたからです。
もし光と声だけの出現だけとしたら、サウロはあそこまで変えられるのでしょうか。真に命がけで、福音を伝えることが出来るのでしょうか。》