◇◆◇日々のみ言葉
2019年4月19日(金)
◎聖書箇所【ルカの福音書23章32節~47節】
23:32 他にもふたりの犯罪人が、イエスと共に死刑にされるために、引かれて行った。
23:33「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。犯罪人のひとりは右に、ひとりは左に。
23:34 そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦し下さい。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らはくじを引いて、イエスの着物を分けた。
23:35 民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」
23:36 兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、酸いぶどう酒を差し出し、
23:37 「ユダヤ人の王なら、自分を救え。」と言った。
23:38 「これはユダヤ人の王。」と書いた札もイエスの頭上に掲げてあった。
23:39 十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え。」と言った。
23:40 ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。
23:41 われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」
23:42 そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出して下さい。」
23:43 イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたは今日、私と共にパラダイスにいます。」
23:44 その時すでに十二時頃になっていたが、全地が暗くなって、三時まで続いた。
23:45 太陽は光を失っていた。また、神殿の幕は真二つに裂けた。
23:46 イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。
23:47 この出来事を見た百人隊長は、神をほめたたえ、「本当に、この人は正しい方であった。」と言った。
◎ショートメッセージ
《カトリック教会では、今日を「聖金曜日」と呼びます。よって今日は、主イエス様の「十字架」の場面から考えたいと思います。
カルバリの丘に、すなわちゴルゴタの丘に、三本の十字架が立ちました。主イエス様の十字架を真ん中にして、右と左に極悪犯罪人がかけられたのです。
伝承では、強盗の二人組であったと言われ、何とヨセフとマリヤと幼子のイエス様が、ヘロデ王の手を逃れてエジプトに下った時に、この二人に遭遇しているとのことです。
聖家族(ヨセフとマリヤと幼子イエス様の三人家族のことを言います)が、この二人組の強盗に襲われた時、一人の強盗が幼子の主イエス様を見て、その愛と哀れみに満ちた表情から、畏れを抱き見逃してやると言うのです。
その時、その強盗はこう言います。
「今日は、俺がみのがしてやったのだから、次はお前が私をみのがす番だよ。」
その者が、イエス様の右の十字架につけられた者だと言うのです。
「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。イエスさま。あなたの御国の位にお着きになる時には、私を思い出して下さい。」
この時、かつて幼子であった主イエス様は、思い出されるのです。そして言われます。
「まことに、あなたに告げます。あなたは今日、私と共にパラダイスにいます。」
もちろん、これは伝承であって、聖書には書かれてはいません。しかし、「真実」であるように思えるのは私だけでしょうか。
「思い出して下さい」
私たち一人一人のことを、主イエス様は決して忘れてはおられません。身代わりとしての十字架を信じ救われ、永遠の命を与えられた者の名を、主イエス様は、その手のひらに深く刻んで下さっておられます。私たちは覚えられています。
明日は「使徒の働き」に戻りましょう。》