• 2019年6月2日礼拝メッセージの概要

    ◇◆◇2019年6月2日第一主日礼拝
    ◎本日の聖書箇所【ルカの福音書24章50節~51節】 (新約p.156下左側)
    24:50 それから、イエスは、彼らをベタニヤまで連れて行き、手を上げて祝福された。
    24:51 そして祝福しながら、彼らから離れて行かれた。

    ◎メッセージの概要【主イエス様の昇天】
    《来週6月9日の第二主日は「ペンテコステ」となります。聖霊様が降られた記念すべき日となります。しかしその前に、大切な条件があります。それは主イエス様が「昇天」なされることなのです。今日の聖書箇所において、ルカは単純明快にその場面を書き記しています。
    『それから、イエスは、彼らをベタニヤまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして祝福しながら、彼らから離れて行かれた。』
     しかし続編の「使徒の働き」ではもう少し詳細にわたって説明しています。週報には最初の部分を掲載できませんでしたが、使徒の働き1章を最初からお読みしますと、
    『テオピロよ。私は前の書で、イエスが行ない始め、教え始められたすべてのことについて書き、お選びになった使徒たちに聖霊によって命じてから、天に上げられた日のことにまで及びました。
     イエスは苦しみを受けた後、四十日の間、彼らに現われて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。
     彼らと一緒にいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。
    「エルサレムを離れないで、私から聞いた父の約束を待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」
     そこで彼らは、一緒に集まった(食事をした)とき、イエスにこう尋ねた。「主よ。今こそ、イスラエルのために国を再興して下さるのですか。」
     イエスは言われた。
    「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。」
    「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、私の証人となります。」
     こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。イエスが上って行かれるとき、弟子たちは天を見つめていた。すると、見よ、白い衣を着た人がふたり、彼らのそばに立っていた。そして、こう言った。
    「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」
     そこで、彼らはオリーブという山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムの近くにあって、安息日の道のりほどの距離であった。(使徒の働き1:1~1:12)』と書かれています。
     大切なことは、「最後の晩餐」を行なったエルサレム市内のヨハネ・マルコの家の二階の大広間で、イエス様は十一弟子たちと共に食事をし、その後、あの安息日の前日に、そこからゲッセマネの園に向かって行った時と同じように、主イエス様は、ご自身の足で歩かれて、十一弟子たちと楽しく話をしながら歩かれたのです。
     弟子たちは、前回は不安におびえながら、しかし今回は笑いながら、ゲッセマネの園があるオリーブ山に向かいました。
     これこそ、例え何があっても復活されたイエス様は、私たちと共に歩いて下さることの保証であり、真実なのです。「私はあなたがたを決して孤児にはしません。」
     さて主イエス様は、公生涯において、ご自身が「昇天」されることを二度にわたって預言されています。どちらの預言も、側にいた十二使徒は、全員聞いていました。
     まず、夜更けに密かに訪ねて来た、サンヘドリン議員ニコデモに、
    「だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子です。モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。」と言われたのです。
     そしてパリサイ人や律法学者たちに「いのちのパン」について教えられた時、十二弟子と他の七十人の弟子たちに、
    「このことであなたがたはつまずくのか。それでは、もし人の子がもといた所に上るのを見たら、どうなるのか。」と言われたことです。
     この預言の成就こそが、オリーブ山における「昇天」となります。それを十一弟子と、おそらくマッテヤとバルサバの見てる目の前で主イエス様はなされるのです。
     その目的は、まさにご自身が神の御子であることを確信させることであり、聖書(旧約聖書)に預言された「メシヤ」すなわち真の救い主であることを示されたのです。
     主イエス様が昇天された後、ずーっと口をポカンと開けて空を見上げる弟子たちに、二人の御使いが現われます。
    「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」
     この時、弟子たちは「ゼカリヤ書」に書かれた預言を思い起こします。
    『その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真中で二つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。山の半分は北へ移り、他の半分は南へ移る。』
     私のつたない理解では、主イエス様の御足は、二千年前にオリーブ山の足が離れた全く同じ場所に、降り立たれると言うことです。
     主イエス様は、再び来られます。そのことを御使いは、弟子たちに再度伝えたのです。しかしこの時の弟子たちは、自分たちが生きている間と思っていたのです。
     まさかその時から二千年以上の年月が流れるとは、夢にも思っていなかったに違いありません。今私たちは、その栄光ある「終わりの時代」に生きています。
     主イエス様が来られます。その時は非常に近いのです。だからこそ、目を覚まして、もっと真剣に祈り求めましょう。日本の救いを。家族の救いを。友人や親戚の救いを。》

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