◇◆◇日々のみ言葉
2020年9月16日(水)
◎聖書箇所【マタイの福音書5章27節~30節】
5:27 「『姦淫してはならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
5:28 しかし、私はあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。
5:29 もし、右の目が、あなたをつまずかせるなら、えぐり出して、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに投げ込まれるよりは、よいからです。
5:30 もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切って、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに落ちるよりは、よいからです。」
◎ショートメッセージ
《引き続き、弟子たちへの教えの学びとなります。新改訳聖書では、27節と28節が一つの文章となり、また29節と30節がもう一つの文章となっているかのように訳されています。実は、27節から30節までが一つの文章なのです。
現代訳は、もっと分かりやすく訳されています。
『5:27「旧約聖書には、『姦淫してはいけない』と記されているのをご存じでしょう。
5:28 あなたがたは、これも間違って解釈しています。本当の意味はこうです。だれでも異性を見て情欲を抱くなら、すでに心の中で姦淫をしたのと同じです。
5:29ですから、もし異性に対して誘惑を受けやすいものがあれば、たとえそれが自分にとってどんなに高価なものであっても、それを取り除くだけの勇気が必要です。たとえそれが目であっても、
5:30手であってもそうです。」』
主イエス様は、新改訳聖書に書かれたように、ゲヘナ(地獄)に行くよりは、目をえぐり出し、また右手を切り捨てなさいと、本当に言われるのでしょうか。
もしそうだとしたら、世界中の若き青年たちは、全員が片目がなく、右の手がないことになってしまいます。
本当にそうならば、父なる神様は、最初から男性を左手だけ、そして一つ目に創造されれば良かったことになるのです。
そうではないのです。神様は愛のお方です。確かに主イエスは、裁き主であられ、父なる神様は、すべての裁きを御子イエスにお渡しになられました。
裁きとは、すべてのことが明らかにされると言うことです。隠されたすべての事実が、真実が、明るみに出されると言うことなのです。
「記憶にございません」
「分かりません」
「知りません」
これらのいいわけは、いっさい通用しないのです。
主イエスの御前において、どんな人であっても、その人の生まれた時から死ぬ時までのすべての行動、すべての言動、すべての思いが、全宇宙に映画のごとく映し出され、大画面で上映されるのです。
私たちの神様は、心をご覧になられます。よって、主イエス以外に、姦淫の罪を犯さなかった男性は、人類の歴史が始まって以来、誰一人存在しないのです。》