◇◆◇日々のみ言葉
2020年11月8日(日)
◎聖書箇所【マタイの福音書7章1節~2節】
7:1「さばいてはいけません。さばかれないためです。
7:2 あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。」
◎ショートメッセージ
《ここまで、7章1節そして2節から考えて来ましたが、もう一度取り上げることにしました。
それは、「さばく」と言う言葉についてです。主イエスは、あるいは聖書は、いわゆる「さばく」と言うことを一切禁じておられるのではありません。
この「さばく」と言う言葉の中には、「見分ける」、「判断する」、「区別する」などという意味が含まれており、その根底には、「認識する」という意味もあるのです。
世の中には、ノンクリスチャンであっても善い人はたくさんおられます。しかし「振り込め詐欺」が多いように、悪い人も少なからず存在することも事実です。
またインターネット上においても、悪徳業者が存在し、何とかして人の財産を盗もうとやっけになっています。
実は、私も「インターネット・ショッピング」において、詐欺まがいに近い業者から、購入してしまいました。幸い、主の恵みと守りの中に、実質的な被害は、ほとんどありませんでしたが、とても良い勉強になりました。
インターネットでは相手の顔が見えません。よって、本当に良心的、かつ誠実な出品者であるのか、なかなか判断出来ないのが現状です。
主イエスは言われます。
『「良いですか。私が、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のように聡く、鳩のように素直でありなさい。」(マタイの福音書10:16)』
知恵が求められます。知恵が必要です。
聖霊様に求め、導きを得る必要があるのです。聖霊様は神様ですから、すべてをご存知です。その方が、共にいて下さるのです。
「さばいてはいけません。さばかれないためです。」
これは、「すべてのことに泣き寝入りしなさい」と言うことではありません。私たちには、この国において法的手段に訴えることもできますし、裁判を起こす権利も、もちろん保障されているのです。
見極めなければなりません。サタンが蛇となって、アダムとエバを誘惑したように、人々には気をつけなければなりません。判断しなければなりません。だからこそ、「目を覚まして」いなければならないのです。
そして、次に続く主の言葉の中から、さら真理を学んで行くことにしましょう。》