• 2021年5月23日礼拝メッセージの概要

    ◎本日の聖書箇所【使徒の働き2章1節~4節】
    2:1 五旬節の日になって、皆が同じ場所に集まっていた。
    2:2すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。
    2:3 また、炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。
    2:4すると皆が聖霊に満たされ御霊が語らせるままに、他国のいろいろな言葉で話し始めた。

    ◎メッセージ【聖霊が降られた時】
    《ペンテコステです。聖霊様が降って来られた日です。しかし、よくよく考えて見ますと、聖霊様は、すでに降って来られていたのではないでしょうか。それは主イエスにです。主がバプテスマのヨハネから洗礼を授けられた時に、『天が開け、聖霊が鳩のような形をして、イエスの上に降って来られ、すると天から、「あなたは私の愛する子。私はあなたを喜ぶ。」』と声がしたことが書かれています。
     鳩のような形の聖霊様を見たのは、また父なる神様の声を聞いたのは、バプテスマのヨハネです。ヨハネの福音書によりますと、バプテスマのヨハネはこう証しています。
    『「御霊が鳩のように天から降って、この方の上に留まるのを私は見ました。しかし、水でバプテスマを授けるようにと私を遣わした方が、私に言われました。『御霊が、ある人の上に降って、その上に留まるのをあなたが見たら、その人こそ、聖霊によってバプテスマを授ける者である。』私はそれを見ました。それで、この方が神の子であると証しをしているのです。」』と。
     さて、五旬節の日のことです。エルサレム市内にあったヨハネ・マルコの家の二階で、百二十名の主にある兄弟たちが集まっていました。時間は午前9時。この時間は、主イエスが十字架に掛かられた時間とまったく同じです。
     その時、「突然、激しい風が吹いたような響きが起こり、家全体に響き渡った」のです。
     そして、次に「炎のような舌が分かれて現れた」と言うのです。この時にも、耳で聞こえ、また目で見える形で、聖霊が降って来られました。なぜ「炎」なのでしょうか。それは、バプテスマのヨハネが、預言したからです。
    『「私はあなたがたに、悔い改めのバプテスマを水で授けていますが、私の後に来られる方は私よりも力のある方です。その方は聖霊と火であなたがたにバプテスマを授けられます。」』
     この預言も、バプテスマのヨハネの弟子であったアンデレとヨハネは聞いているのです。
     主イエスの時にも、そしてペンテコステの時にも、目で見えるような形と、声と響きの違いがありますが、耳でも聞こえるような形で、聖霊様は降って来られました。
     それは、紛れもなく、使徒たちの為にです。使徒たちに、預言が成就したことを明確に認識させる為であり、またそのことを決して忘れさせない為にです。
     主イエスは、最後の晩餐において、使徒たちに預言されました。
    『「私が父にお願いすると、父はもう一人の助け主をお与え下さり、その助け主がいつまでも、あなたがたと共にいるようにして下さいます。この方は真理の御霊です。あなたがたは、この方を知っています。この方はあなたがたと共におられ、また、あなたがたのうちにおられるようになるのです。」』と。
     主イエスも助け主ですが、もう一人の助け主が来られることを、約束されたのです。この約束は、もちろん今生きている私たち一人一人にも当てはまります。そしてすでに、私たち一人一人に、成就しているのです。主イエスが言われたとおりに、聖霊様は私たちと共におられ、また、私たちのうちに住んで下さっておられます。
     さて、本日の聖書箇所に戻りましょう。聖霊様が降られ、炎のような舌が分かれて現われ、一人ひとりの上に留まりました。すると彼らは聖霊様に満たされて、御霊が語らせるままに、他国のいろいろな言葉で話し始めたのです。
     五旬節とは、エルサレムで行なわれます3大祭の一つと言われています。多くのディアスポラのユダヤ人は、過越の祭を聖都エルサレムで巡礼し、この五旬節の祭を祝ってから、国に帰るのが習わしでした。よって、この時にはローマ帝国内の様々な国々から、ディアスポラのユダヤ人が集まって来ていたのです。しかも、彼らが、朝の九時の祈りの為に神殿に向かうさいに、この事件が起こったわけです。彼らは、大きな物音を聞きつけて、使徒たちのいる建物の前に集まって来ました。
     ところで、今現在の私たちが聖霊様に満たされていたのなら、どうなるのでしょうか。
     主イエスが復活されたその日の夕方、弟子たちがユダヤ人を恐れて戸に鍵をかけ潜んでおた時でした。突然イエスが来て彼らの真ん中に立ち、こう言われたのです。
    「平安があなたがたにあるように。父が私を遣わされたように、私もあなたがたを遣わします。聖霊を受けなさい。」と。
     ここから聖霊を受け満たされるならば、本物の平安が与えられると言うことです。
     新型コロナの時代、世界中の人々は、まさに不安と恐れの中に、もがき苦しんでいます。しかし、私たち主を信じ従う者は違います。なぜなら、もう一人の助け主であるお方が、私たち一人一人と共におられるからです。このお方によって、私たちは、神の子どもとしての証印を押されています。そして、このお方はまだ地上におられるのです。》

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