◇◆◇日々のみ言葉
2021年12月7日(火)
◎聖書箇所【マタイの福音書24章45節~51節】
24:45「主人から、その家のしもべたちを任されて、食事時には彼らに食事をきちんと与えるような忠実な思慮深いしもべとは、いったいだれでしょうか。
24:46 主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見られるしもべは幸いです。
24:47 まことに、あなたがたに告げます。その主人は彼に自分の全財産を任せるようになります。
24:48 ところが、それが悪いしもべで、『主人はまだまだ帰るまい。』と心の中で思い、
24:49 その仲間を打ちたたき、酒飲みたちと飲んだり食べたりし始めていると、
24:50 そのしもべの主人は、思いがけない日の思わぬ時間に帰って来ます。
24:51 そして、彼をきびしく罰して、その報いを偽善者たちと同じにするに違いありません。しもべはそこで泣いて歯ぎしりするのです。」
◎ショートメッセージ
《昨日と同じ箇所からとなります。明日から、マタイの福音書の学びも、第25章に入って行きます。
今日は引き続き、再臨の教えから、終わりの時代に生きている私たちへの適応について考えて見たいと思います。
後半部分の現代訳を、再度掲載します。
『「ところが、もしそれが悪いしもべで、『主人の帰りは遅れる』と心の中で思い、仲間のしもべたちを打ちたたき始め、また酒飲みたちと一緒になって、食べたり飲んだりしていると、その主人は彼が予期もしなかった日、思わぬ時間に帰って来て、彼をきびしく罰し、偽善者たちと同じ目に遭わせます。そこで、泣き叫んだり歯ぎしりしても、もう遅いのです。」
これはあくまで「たとえ」です。
ここで主イエスは、忠実なしもべではなく、悪いしもべについて言及しています。その悪いしもべは、もちろん主人が必ず戻って来ることを知っています。
しかし、彼は心の中でこう思うのです。
『主人はまだまだ帰るまい。』あるいは、『主人の帰りは遅れる』と。そればかりではありません。彼は、世話を任されていたしもべたちをこき使うのです。そして、他の怠け者である友人たちと、飲んだり食べたりします。つまり、このしもべは、この世の友と宴会をしていると言うことなのです。
その主人は、そのしもべが予期しなかった日の、思わぬ時間に帰って来ます。この真理を、今の私たちに適応しますと、主イエスの再臨が遅くなると思って、食べたり飲んだり自堕落な生活を送っていますと、携挙の時に、残されると言うことです。
気がついた時にはもう手遅れです。忠実な信徒たちは、全世界から消えてしまいます。その者は、「主の恵み」から取り残されることになるのです。
それから、七年半以上にもおよぶ「大艱難時代」がやって来ます。その時、残された人々と同じ裁きが彼にも下されます。その者は、泣き叫んだり、歯ぎしりするしかないのです。こうならない為にも、目を覚ましている必要があります。》