◇◆◇日々のみ言葉
2022年1月6日(木)
◎聖書箇所【マタイの福音書26章26節~29節】
26:26 また、彼らが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取って食べなさい。これは私のからだです。」
26:27 また杯を取り、感謝をささげて後、こう言って彼らにお与えになった。「みな、この杯から飲みなさい。
26:28 これは、私の契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです。
26:29 ただ、言っておきます。私の父の御国で、あなたがたと新しく飲むその日までは、私はもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」
◎ショートメッセージ
《引き続き、「最後の晩餐」について学びます。今日は、この「過越の食事」の時に制定された「聖餐式」について学びます。
さて、この聖餐の恵みの時にイスカリオテのユダはいたのか、いなかったのか、という疑問が起こって来ます。
過越の食事の最中に、しかしこの聖餐式の前に、主イエスは十二弟子たちの足を洗われます。
この仕事は奴隷の仕事で、ユダヤ人の奴隷ではなく、異邦人の奴隷がする卑しい仕事であったとのことです。この時に間違いなく、主イエスはイスカリオテのユダの足を洗われているのです。この時には、まだいたのです。
ヨハネの福音書によりますと、
『イエスは、これらのことを話されたとき、霊の激動を感じ、あかしして言われた。
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちのひとりが、私を裏切ります。」
弟子たちは、だれのことを言われたのか、わからずに当惑して、互いに顔を見合わせていた。弟子のひとりで、イエスが愛しておられた者が、イエスの右側で席に着いていた。そこで、シモン・ペテロが彼に合図をして言った。
「だれのことを言っておられるのか、知らせなさい。」
その弟子は、イエスの右側で席についたまま、イエスに言った。
「主よ。それはだれですか。」イエスは答えられた。「
それは私がパン切れを浸して与える者です。」それからイエスは、パン切れを浸し、取って、イスカリオテ・シモンの子ユダにお与えになった。
彼がパン切れを受けると、そのとき、サタンが彼にはいった。そこで、イエスは彼に言われた。
「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい。」
席に着いている者で、イエスが何のためにユダにそう言われたのか知っている者は、だれもなかった。ユダが金入れを持っていたので、イエスが彼に、「祭りのために入用の物を買え。」と言われたのだとか、または、貧しい人々に何か施しをするように言われたのだとか思った者も中にはいた。ユダはパン切れを受けるとすぐ、外に出て行った。すでに夜であった。(ヨハネ13:21~13:30)』と、出て行った場面が書かれています。
しかし、共観福音書には、イスカリオテのユダが出て行った場面は描かれていないのです。尾山令仁師は、イスカリオテのユダは聖餐式を受けることは出来なかった、と言う見解でいます。明日も同じ箇所からです。》