◇◆◇日々のみ言葉
2022年1月14日(金)
◎聖書箇所【マタイの福音書26章36節~41節】
26:36 それからイエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという所に来て、彼らに言われた。「私があそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。」
26:37 それから、ペテロとゼベダイの子ふたりとを一緒に連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。
26:38 そのとき、イエスは彼らに言われた。「私は悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、私と一緒に目をさましていなさい。」
26:39 それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯を私から過ぎ去らせて下さい。しかし、私の願うようにではなく、あなたのみ心のように、なさって下さい。」
26:40 それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「あなたがたは、そんなに、一時間でも、私と一緒に目をさましていることができなかったのか。
26:41 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」
◎ショートメッセージ
《ゲッセマネの園における、主イエスの祈りの記事は、三つの共観福音書に描かれています。第四福音書と言われるヨハネの福音書では、たった一行書かれただけです。
この事から、ヨハネの手元には、三つの共観福音書があったことは間違いありません。ヨハネは、補足をも含めて第四福音書を執筆したからです。
『イエスはこれらのことを話し終えられると、弟子たちと共に、ケデロンの川筋の向こう側に出て行かれた。そこに園があって、イエスは弟子たちと一緒に、そこにはいられた。(ヨハネ18:1)』
さて、今回は、まずマルコの福音書における同一並行記事を掲載します。
『ゲツセマネという所に来て、イエスは弟子たちに言われた。
「私が祈る間、ここにすわっていなさい。」
そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれた。イエスは深く恐れもだえ始められた。そして彼らに言われた。
「私は悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、目をさましていなさい。」
それから、イエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈り、またこう言われた。
「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯を私から取りのけて下さい。しかし、私の願うことではなく、あなたのみ心のままを、なさって下さい。」
それから、イエスは戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「シモン。眠っているのか。一時間でも目をさましていることができなかったのか。誘惑に陥らないように、目をさまして、祈り続けなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」(マルコ14:32~14:38)』
マルコとマタイはほとんど同じ内容です。しかし、三人共眠っていたとしたら、いったい誰が主の祈られた言葉や、この場面を福音書に書き残すことが出来ると言うのでしょうか。私は、一番若いヨハネが眠気をがまんして、何とか起きていたのではないかと考えます。》