• 日々のみ言葉 2022年1月24日(月)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2022年1月24日(月)

    ◎聖書箇所【マタイの福音書26章51節~54節】
    26:51 すると、イエスと一緒にいた者のひとりが、手を伸ばして剣を抜き、大祭司のしもべに撃ってかかり、その耳を切り落とした。
    26:52 そのとき、イエスは彼に言われた。「剣をもとに納めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。
    26:53 それとも、私が父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使いを、今私の配下に置いていただくことができないとでも思うのですか。
    26:54 だが、そのようなことをすれば、こうならなければならないと書いてある聖書が、どうして実現されましょう。」

    ◎ショートメッセージ
    《ヨハネにおける同一並行記事では、
    『シモン・ペテロは、剣を持っていたが、それを抜き、大祭司のしもべを撃ち、右の耳を切り落とした。そのしもべの名はマルコスであった。(ヨハネ18:10)』と書かれています。

     よって、「イエスと一緒にいた者のひとり」とは、シモン・ペテロであったことが分かります。また、その僕の名をヨハネは明らかにしています。「マルコス」と。
     このことから、その後、マルコスが救われて主の弟子になったことは間違いないことだと思われます。それでは、なぜ三つの共観福音書には、その名前が伏せられていたのでしょうか。その理由は、共観福音書が書かれた紀元50年から紀元60年頃には、マルコスはまだ健在であったからだと思われます。
     しかし、ヨハネが第四福音書を書き記した紀元90年から二世紀にかけては、もはや主イエスを直接知る人物はヨハネ本人だけであり、すでに主イエスと何らかの関わりを持った人々は、皆召されていたからです。

     この大祭司の僕マルコスを知る人物が、シモン・ペテロに詰問することになります。
    『大祭司のしもべのひとりで、ペテロに耳を切り落とされた人の親類に当たる者が言った。「私が見なかったとでもいうのですか。あなたは園であの人と一緒にいました。」それで、ペテロはもう一度否定した。するとすぐ鶏が鳴いた。(ヨハネ18:26~18:27)』と。

     さて、ここで主イエスは、弟子たち言われます。
    「私が父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使いを、今私の配下に置いていただくことができないとでも思うのですか。だが、そのようなことをすれば、こうならなければならないと書いてある聖書が、どうして実現されましょう。」

     主イエスは、望めば、簡単に「十字架」を回避することが出来ました。またご自身を捕らえようとした者たちを、御使いに命じて、たやすく滅ぼすことも出来ました。しかし、それをあえてされなかったのです。その誘惑は私はあったと思っています。それだからこそ、主は「ゲッセマネの園」において、三度も願われ、祈られたのです。

     この後、8~9時間後に、主イエスは私たちの身代わりとして十字架にかかられます。》

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