• 日々のみ言葉 2022年1月28日(金)

    ◇◆◇日々のみ言葉

    2022年1月28日(金)

    ◎聖書箇所【マタイの福音書26章58節】
    26:58 しかし、ペテロも遠くからイエスのあとをつけながら、大祭司の中庭まではいって行き、成り行きを見ようと役人たちと一緒にすわった。

    ◎ショートメッセージ
    《ヨハネにおける同一並行記事では、
    『そこで、一隊の兵士と千人隊長、それにユダヤ人から送られた役人たちは、イエスを捕えて縛り、まずアンナスの所に連れて行った。彼がその年の大祭司カヤパのしゅうとだったからである。カヤパは、ひとりの人が民に代わって死ぬことが得策である、とユダヤ人に助言した人である。シモン・ペテロともうひとりの弟子は、イエスについて行った。この弟子は大祭司の知り合いで、イエスと一緒に大祭司の中庭にはいった。しかし、ペテロは外で門の所に立っていた。それで、大祭司の知り合いである、もうひとりの弟子が出て来て、門番の女に話して、ペテロを連れてはいった。(ヨハネ18:12~18:16)』と書かれています。

     マタイとヨハネでは、かなり違った内容となっています。ところで、「大祭司の知り合い」であった弟子(ヨハネ)と言うことはどのような事なのでしょうか。
     これは、あくまでも私個人の推測にしかすぎませんが、ヨハネとヤコブの父ゼベタイは、かなり裕福であって、エルサレム市内に自分の持ち家を持ち、また一年に何回も、ガリラヤからエルサレムに巡礼することが出来た人物であり、大祭司カヤパとアンナスとも顔見知りであった事が考えられるのです。
     しかも、大祭司の家の門番の女は、ヨハネを知っています。もし知っていなければ、ヨハネは主イエスの後に付いて行って、大祭司の庭の中には入れなかったはずです。
     それだからこそ、シモン・ペテロは入れなかったのです。門の外でストップされてしまったのです。それに気づいたヨハネが、門まで戻って来て、門番の女に話して、ようやくペテロは、門の中に入ることが許されたのでした。

     これは驚くべき事実です。しかし、それだけではありません。主の母マリアとゼベタイの妻サロメとは、実の姉妹であったことを聖書は証ししています。とするならば、決して、ヨセフとマリアとイエスの弟と妹の家族は、貧乏ではなく、それなりの豊かな生活を送っていたことは言うまでもないことです。それゆえ、主イエスの両親は、毎年エルサレムに巡礼出来たのです。

     ルカはこのように証しています。
    『さて、イエスの両親は、過越の祭りには毎年エルサレムに行った。イエスが十二歳になられたときも、両親は祭りの慣習に従って都へ上り、祭りの期間を過ごしてから、帰路についたが、少年イエスはエルサレムにとどまっておられた。両親はそれに気づかなかった。(ルカの福音書2:41~2:43)』と。

     ある本は、主イエスの家族が貧しいような書き方をしたりしてしますが、事実は違っていたと信じています。》

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